男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 リビングに行くといつものように丸留さんが紅茶とケーキを用意してくれていた。丸留さんはルココちゃんのために椅子を引いて待っている。ルココちゃんは丸留さんが引いた椅子の前に行き、椅子を見ることもなく腰を下ろす。
 お嬢様だ。
 私といえば、頼人さんが引いた椅子をいちいち確認して立つ位置を調整し、座るときも頼人さんの表情を確認しながら腰をゆっくり下ろしていく。これが生粋のお嬢様と付け焼き刃の私の違いなのだろう。頼人さん、すみません。もっと頑張ります。
 私と頼人さんが着席するとルココちゃんは微笑む。
 
「さあ、皆様召し上がってくださいまし」

 ケーキを一口味わった頼人さんはルココちゃんに尋ねる。

「丸留が作ったのか?」
「ええ。久しぶりに丸留の作ったケーキが食べたくなってお願いしたのです」

 目の前のケーキは様々な果物で花びらのようにデコレーションされ、高級洋菓子店で購入したような見た目。口溶けのよい生クリームは、味もしつこくなく味気ないわけもなく、ちょうどいい甘さとフルーツ本来の甘さや酸味を活かしたハーモニーがたまらない。丸留さんって何者なのだろうか。

「そうですわ。お兄様」
「なんだ?」
「世奈様にお料理の腕前を披露して頂きませんこと?」

 えっと……?
 
「料理か……」

 いやいや頼人さん。そこで考える必要ないでしょう。ルココちゃんも意地悪だ。ここでいう料理ってきっとこのクオリティでしょう。高級なお店で出てくるような繊細に味付けされた料理。

「そうだな。料理もできて損はない。丸留、材料を買ってきてくれ」
「かしこまりました」
「楽しみですわ。世奈様」
 
 私とルココちゃんの関係には終わりがある。一生を添い遂げるわけでもなく、恋仲なわけでもない。利害が一致したもの同士なのだから料理の腕前なんて示さなくていい。それなのに、私の腕前を試すなんて何を考えているのだろうか。
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