男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
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 白井世奈。彼は、いや彼女は正真正銘女性だった。男にしては可愛い。もしかしたら俺は……なんて焦ったがそんなわけはなかった。女が男の振りをしたからそれが気になってしまっただけだ。分かってしまえばなんてことはない。ルココが結婚を嫌がっていた理由だってこれではっきりした。俺が一生懸命探したところで最適な相手を見つけるのは難しいだろう。それであれば彼女を鍛える方がルココもどんな結果になれど納得はいくだろう。
 そう。俺が彼女と時間を過ごしているのはルココのためであり、家族、そして会社のためでもある。何もおかしなことはない。
 社会経験のない白井は俺が教えることをスポンジのように吸収していく。俺の話をよく聞き、与えられた課題に必死に取り組み、できなかったことができるようになると満面の笑みを浮かべ、教えられた作法で上品に食べながら幸せそうに微笑む。そんな彼女との日々はとても穏やかで仕事のストレスさえも癒されていく。彼女の家にいく日は足が軽く感じたし、彼女との食事はいつもより美味しく感じるし、時間があっという間に過ぎて足りないくらいだった。
 ルココに彼女の部屋で会うまでは。
 門限のあるルココが彼女の家にいたときは驚いた。あの時間、ルココは家で寝る準備をする頃だ。シンデレラタイムを信じ、規則正しい生活をするルココがあんな時間にいるなんて幻なんじゃないかと驚いた。だが、幻なんかではなく、正真正銘俺の妹のルココだった。そして彼女は焦った様子でルココに駆け寄った。俺との仲を誤解されないように。
 そう。俺は彼女が愛する人の兄というだけ。ルココに相応しい人になるために彼女は努力しているだけでルココのためだけに俺のいうことを聞いているだけなのだ。
 なぜ胸の辺りがチクチクするのだろうか。彼女は事実をルココに言っているだけだろう。必死になって当然だ。それなのに俺はなんで……。
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