男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 それから俺はルココがいない日に彼女に会いにいくのをやめた。週末ルココと一緒に彼女と昼ごはんを食べ、彼女の家に行き、仕事のイロハを叩き込んでいく。教えれば教えるほど吸収して応用して次に繋げる。もっとよくするにはどうすればいいか貪欲にアドバイスを得ようとする。指摘すればするほど彼女は俺の話に耳を向け、必死に食らいついてこようとする。だから俺は当初の予定より遥かに高いレベルで彼女に指導している。
 こんなレベルを最初から求められたら大抵の新人は辞めていくださろう。自分を否定されている感覚に陥るから心が荒んでいく。そんなこと分かっているのに、他人に自分と同じレベルを求めてはいけないと分かっているのに、こんなことをすれば人々は俺を避け、逃げていくと分かっているのに。

「お兄様、世奈様。お紅茶を入れましたので休憩をされてはいかがでしょうか?」

 ルココの声で我に返る。時間はあっという間に過ぎていた。詰め込みすぎも悪い。休憩はいい案だ。ダイニングテーブルにはケーキが用意されていた。甘いものはあまり得意ではない。だが、ルココが用意したのであれば食べないと失礼だ。口に入れてすぐに丸留が作ったと分かった。大衆が好む味ではなく、俺が好む味に調整されたケーキ。
 ケーキを好まない層が好むケーキを売るケーキ屋なんていないからな。
 
「これは丸留が作ったのか?」
「ええ。久しぶりに丸留の作ったケーキが食べたくなってお願いしたのです」

 ルココにとってこのケーキは甘さが足りないはずだ。それなのになぜだろうと思っているとルココはこんな提案をしてきた。

「そうですわ。お兄様」
「なんだ?」
「世奈様にお料理の腕前を披露して頂きませんこと?」 

 きっと好きな人の手料理を食べてみたくて色々考えたのだろう。可愛い妹だ。待てよ。

「料理か……」

 白井には厳しく当たってばかりいたが、料理なら褒めてやれるじゃないか。あんなに美味しいものに反応する白井だ。手料理だって美味しいに決まっている。厳しく当たってばかりの俺だが、料理は専門外だし、これなら白井に優しくできるだろう。手料理を披露してもらうべく白井が得意とする料理の材料を丸留に買いに行かせた。
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