男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 新道(しんどう)先生が教室に入ってくると女性たちの黄色い声が響き渡った。通りで女性が多いわけだ。写真通りのイケメンシェフ。女性の扱いも慣れているのかとても紳士的だ。だが、このテーブルでは真の紳士たちがルココちゃんに教えるものだからイケメンシェフはルココちゃんに近づくことすら許されない。
 ルココちゃんが包丁に手間取っていると丸留さんが優しく教え、ルココちゃんが魚を怖がっていると頼人さんが手を差し伸べ、ルココちゃんが鍋を持ち上げると男二人が両端に立って鍋を支える。取り残された私は、一人コツコツと調理を進める。あちこちで生徒に体をピッタリとくっつけて調理法を教えていたイケメンシェフも私が見えていないらしい。まあ、あんなにビッタリくっつかれて包丁を持っている手を掴まれても邪魔なだけなのでこれはこれで快適だ。

「困ったことはないか?」

 私とペアを組んでいるはずの頼人さんはルココちゃんを手伝いながら聞いてくる。

「大丈夫です」
「そうか」

 頼人さんはすぐに視線をルココちゃんに戻す。確かにこれまで料理をしていなかったのだなとわかるルココちゃんから目を離すのは怖いだろう。ご令嬢ならなおのこと。跡が残る切り傷や大火傷などはないに越したことはない。
 料理は順調に進み、盛り付けが終わると自然と人だかりができていた。

「すごい」
「美味しそうですね」
「センスありますね」

 丸留さんがプロ並みに盛り付けたお皿に生徒たちは関心を向けていた。頼人さんとルココちゃんの影で隠れてしまいがちだが、丸留さんも目鼻立ちは整い、白髪で年齢不詳ながらも肌艶は20代の男性に負けず劣らない。
 冷静になってみれば私すごい顔面偏差値高い人たちに囲まれていないか?

「安心しろ」

 隣に戻ってきた頼人さんが声をかけてきた。私もイケメンだとかフォローしてくれるのだろうか。

「丸留には敵わないが、見本と比べたら合格点だ」

 笑顔を見せる頼人さん。
 ああ、私の盛り付けのことね。
 イケメンシェフの盛り付けを真似た私の皿は誰からも見向きもされていない。見本通りとは行かないし、丸留さんのようにアレンジしたわけでもないので当然と言っちゃ当然だ。
 頼人さんには是非とも丸留さんが盛り付けた料理を食べていただきたいものだが、下手だからという理由で丸留さんに私の盛り付けた料理と交換して欲しいなんてことも言えない。最終的な味付けは全て丸留さんがしたから味は同じなのだが、盛り付けも大事な料理の要素であることを実感した。
< 27 / 29 >

この作品をシェア

pagetop