男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 あまりに唐突で、現実離れし過ぎた言葉に私の脳は追いついていなかった。
 ルココちゃんは、ゆっくりと言い直す。

「わたくしの婚約者になってくださらない?」

 何を言っているのだろう。
 出会ったばかりだし、私は女だ。
 多様性が叫ばれる時代たが、まさか出会ったばかりの同性の人にプロポーズされるとは思っていなかった。

「私、女です」
「ええ。存じておりますわ」

 まあ、そうか。Tシャツにジーンズだが、頻繁に美容室に
行かなくていいように髪は長い。いつもひとまとめにしているが、きっと寝やすいようにと髪は解いてくれたのだろう。
 胸元で流れる長い髪を見て顔を上げる。

「すみません。私の恋愛対象は男性でして」
「関係ございませんわ」

 関係ないわけない。

「わたくしの婚約者を完璧に演じていただければ結構なのですから」
「演じる?」
「ええ。あなたは完璧なまでにわたくしの理想なのです」

 ルココちゃんがそういうと、いつの間にか私の隣で待機していた丸留さんが漫画本を私の目の前に掲げてきた。表紙には王族のような衣装を着たイケメン男性がタキシード姿の綺麗な男性執事を微妙な距離感で見つめている。

「あなたなら彼になれますわ」
「はぁ……」
「わたくしそのタキシード姿の執事が大好きでして、あなたを一目見た時から似ていると思いましたの」
「似てますか?」
「ええ。これは運命ですわ」

 運命って……。しかも似ているのが男って、この長い髪をもってしても見抜かれる男顔。
 173センチある身長は学生時代コンプレックスでもあった。高校の文化祭で多くの女子しがメイド服を着る中でなぜか私だけ男性執事のコスプレをさせられたほどだ。

「契約金500万、成功報酬一千万でいかがかしら」
「いっいっせん?」

 ルココちゃんは考えるようなそぶりを見せる。

「そうですわよね。お安すぎますわ」
「いや、安くないです」

 ルココちゃんの表情が柔らかくなる。

「では、わたくしの婚約者になっていただけます?」

 契約金500万はでかい。しかも成功報酬一千万あればこの生活から抜けられる。でも、うまい話には裏がある。リスクを聞いたところで騙そうとしている人は本当のことを言ってくれるわけがない。こんなに施してもらったのに悪いがここは断っておこう。

「すみません」

 ルココちゃんは視線を下に移し、黒い影を纏う。

「わたくしは今、望まない婚約をさせられそうになっております。Serizawa World Groupをご存知かしら?」

 Serizawa World Groupとは、日本で知らない人はいないほどの大企業。Serizawa World Groupを避けて生活することは困難というほどにありとあらゆる業務に精通している。
 確かルココちゃんの苗字は芹沢。
 そういうことか。

「現在わたくしの父が経営を任されております。父は、更なる起業拡大に娘を差し出す古い考えの持ち主なのです」

 お金で若い娘を買う的な発想の持ち主と結婚なんてしたくなくて当たり前だし、そういう人に娘を差し出す父親を持ったことに同情する。

「わたくしにとっての真実の愛はまさに彼らなのです」

 ルココちゃんはいつの間にか本を手に持ち、抱きしめると愛おしそうに話を続けた。

「BLはビューティフルラブでございますの。わかります? わかりますわよね」

 身を乗り出したルココちゃんに圧を感じコクコクと頭を縦に振ってしまう。

「わたくしが男性にとっての恋愛対象? ノンノン。わたくしはかぼちゃ、いいえ、その辺の石ころでよろしいのです。主人公は彼らでなくてはならないのです」

 えっと、かなり信仰心が強いらしい。
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