男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
あれから数週間後、最後のバイトを終え、私は契約通り実家を出た。家族にはいい仕事が見つかったが家から遠いのでシェアハウスに住むことになったと伝えている。
シャツにジーンズといつもと変わらない服装でマスクをつけて、帽子を深く被って街を歩く。人通りが少ない時間を狙ったからか誰とも出会わず待ち合わせの場所に着いた。
今日はルココちゃんも学校なので出迎えてくれたのは丸留さんだけ。丸留さんが運転する車で予約してくれていた美容室に向かった。店は開店前の貸切状態だった。
長かった髪はバッサリと切られ、短く整えられていく。
街中で通りすぎても男だと思ってしまいそうなほどに違和感はない。
これならやれる! と根拠のない自信を持って店を出て、丸留さんが運転する車でルココちゃんが用意した部屋に向かった。
2LDKもあるこの広い部屋が私の住まいらしい。
「必要な家具も衣類も全てこちらでご用意させていただきましたが、お気に召さないものがございましたら取り替えますのでご相談ください」
丸留さんはそういって胸元から封筒を取り出す。
「こちらは一ヶ月分の生活費でございます。足りない場合はルココ様へご連絡ください」
テーブルの上に置かれた封筒を手に取り中を見ると一万円札が大量に入っていた。
ルココちゃんに連絡する機会なんて絶対ないだろう。
「それではわたくしはこれで。ああ、忘れてしまうところでした。こちらもご一読お願いしますね」
丸留さんが一枚の紙を置いて部屋を出ていった。
紙には私が演じる男性の設定が書かれていた。小説家で、出不精だが、ルココちゃんの呼び出しには一つ返事で外に出るほど溺愛している25歳の青年。
そういえば、壁一面に本が置かれた部屋があったっけ。
私は部屋を移動する。多種多様の本が並んだ一角に漫画本のスペースもあった。確認するとどれもこれもBL漫画だった。その中にはあの日見せてくれた漫画もあった。ルココちゃんが私にどんな人を演じて欲しいのか、これを読めば分かるかもしれない。
執事のロゼフは執事という職以外に興味関心がなくとてもあっさりしている。多くは語らないが主人が欲するものを察して用意し、主人のためなら危険なことも厭わず、主人のために尽くす。それは執事だからか、それとも別の感情があるのか。
そこで漫画は終わっている。
続きが気になりネットで調べたが、まだ続刊は出ていないようだ。
それにしても彼を演じるのは無理難題というものだ。
私にできることといえば、できるだけ言葉を発さずルココちゃんの側にそっと居るくらいだろう。