男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 あれから一週間後、私はルココちゃんと美術館に来た。一応デートである。絵画や美術品が並べられている壁沿いに音声ガイダンスを聴きながら歩いていくもどうしても気になることが一つある。
 後ろを振り返るとふざけ合うカップルが人にぶつかっては笑い、ぶつかっては笑いを繰り返している。

「ルココ、危ないぞ」

 彼らがルココちゃんの後ろを通り過ぎようとした時、頼人さんがすっとルココちゃんの背中に手を当て、引き寄せる。
 とても迷惑なカップルだ。
 いや、確かにカップルも迷惑で気になるがそっちじゃない。
 なぜ私たちのデートに頼人さんがついてきているのかってこどだ。
 しかもこっそり見守るわけでもなく、がっつりルココちゃんの隣を確保しエスコートしている。距離感からしても、これはもうルココちゃんと頼人さんのデートだ。ルココちゃんからこの間のお詫びも兼ねてとデートのお誘いがあった。その時、今回はうまくいくように状況は整えましたと言われたが、こういうことだったらしい。

「お兄様、ありがとうございます」

 ルココちゃんが笑顔で言うと頼人さんは笑顔で頷いたあと私を一瞬睨みつけた。
 別に、別にいいんだけどさぁ……。
 妹思いのお兄さんは最高だと思うし、弟や妹に結婚したいと思うような相手ができてその相手が怪しそうだったら心配にはなるよ。なるけども、まだ何も知らないうちからこんなにあからさまな敵意は見せないし、私だったらデートの邪魔なんか絶対しないよ。でもここで頼人さんの挑発に乗ったら負けだ。
 私は先導をやめてルココちゃんの後ろにそっと立つ。スマートな男は決して主張しない。ライバル心をむき出しにして相手を威嚇するようなこともない。そんな男に気づく子は気づく。

「まあ、後ろを気にせず鑑賞できるようにしてくださるなんて、とても助かりますわ」

 ほらルココちゃんなら気づくと思った。
 頼人さんは不服そうな表情を浮かべるが、私は気にせず絵画を楽しむ。それからルココちゃんのペースに合わせてゆっくりと館内を回って美術館を出るとルココちゃんは満足そうな笑顔を浮かべておねだりをしてくる。

「美味しいお紅茶を頂きたいですわ」
「じゃあ、いつもの店に行くか」

 ルココちゃんはこうなることを予想していたのだろう。

「お兄様、本日は世奈(せな)様おすすめのお店に行きたいと思っておりますの」
「こいつのか?」

 頼人さんは大丈夫なのかと疑うような目をしている。

「ええ。世奈様がいくつか候補を出してくださいましたの。その中からわたくしが選んだお店がこの道なりにございます」

 ルココちゃんは左右に木々が生えた煉瓦道の方に向かって指を揃えて手のひらで方向を指し示す。

「ルココを歩かせるような店を選択肢に入れるとは全く分かってないな」

 頼人さんは呆れたように腕をくみため息をつく。

「お兄様、ゆっくりと歩きながら余韻に浸るのも楽しみの一つだと思いませんこと」
「余韻に浸るにはいい道だな」

 あれ? なんか言ってること変わっててない?

 気を取られていると頼人さんたちはもうすでに歩き始めていた。置いていかれないように駆け寄って二人についていく。
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