男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 道の先には洋館の喫茶店がひっそりと佇んでおり、お店に入ると店員が窓側の席に案内してくれた。店員はメニューを渡し終えると笑顔で私と会話を始める。

「またいらしてくれたんですね」

 私は笑顔でうなづく。

「お気に召していただけると嬉しいですね」

 数日前、私はこの店に来て全部の紅茶を試飲した。その時、ルココちゃんの指示通りに大切な人が紅茶好きでどれを選んでも楽しんでもらえるか確認したくてと伝えていた。全部飲む人なんてなかなかいないだろうし、かなりの印象をつけられていたのだろう。正直大変だったが、これもルココちゃんのためなので頑張った。

「当店自慢の紅茶を楽しんでくださいね」

 店員は笑顔でそう言って離れた。
 ルココちゃんは感動した目で私を見つめてきた。

「世奈様はいつもそうですわ。色々と調べてくださり、ご提案してくださっているのにそんなこと一切ご自慢なさらないの」

 ルココちゃんは視線を頼人さんに向け訴えるように語りかける。

「お父様のパーティーではご自慢話される方々ばかりでいつもとてもつまらなく思っていましたの。ですから世奈様と出会って驚きましたわ。お兄様のような素敵な方に出会える奇跡に」

 ルココちゃんは頼人さんを手のひらで操る天才なのだろう。頼人さんの目の色が変わる。

「まあ、自慢なんて自己満足だからな。言いふらす必要もない。紅茶がうまいかどうかも俺たちが判断することだからな」

 頼人さんはそう言ってメニューに目を落とす。
 この店は丸留さんのおすすめ紅茶専門店。不味いわけがない。雰囲気も良くて、立地もいい。もちろん車でも来ることができる。ただ、頼人さんはここを知っていたとしても絶対に選ばないことだけはルココちゃんは確信していた。
 それは美術館やお店に入った時に明白だった。ルココちゃんの変わらぬファッション。お金持ちだから普通のロリータファッションではおさまらない完璧なドレス。ルココちゃんのかわいさも人々の視線を奪ってしまう要因なのだろう。そこに完璧なまでに美しい男性が一緒にいれば世間の目は釘付けだ。こうオープンな場所だと視線が気になって仕方がない。それに気づいているのか頼人さんはルココちゃんの隣でルココちゃんの方を見るかのように体を横に向けている。きっとルココちゃんが他の人の視線を気にしなくていいように気を遣っているのだろう。
 こんな完璧な兄がいたら相手を探すのは大変そうだ。
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