男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました

お兄様の様子がおかしいようです

 私は今、高級レストランの個室で頼人さんの目の前に座っている。ルココちゃんがいるわけでもなく、たった二人のこの空間。
 めちゃくちゃ気まずい。

「まあ、あれだ。遠慮せず好きなの頼んでたっぷり食え」

 頼人さんは目を合わせることなくそう言った。
 なぜこんなことになっているか、そしてこの状況がいかに異様かを説明するためには少し前に遡らなくてはならない。


 私とルココちゃんは美術館デートの後も何度かデートを重ねた。映画館デート、動物園デート、水族館デート、遊園地デート。あらゆるところに行ったが、そのどれにも当たり前のように頼人さんはついてきた。
 映画館デートでは私がドリンクとポップコーンを買っている間に、頼人さんはルココちゃんと自分の席をプレミアム席にアップグレードし、私は一人離れて映画を鑑賞することになった。
 動物園デートでは、ルココちゃんがホワイトタイガーを気に入っていたので私が手のひらサイズのキーチェーン付きぬいぐるみをプレゼントすると頼人さんは抱き抱えられるほどに大きなぬいぐるみを買って張り合ってきた。
 水族館デートでは、ルココちゃんが真珠取り出し体験に興味を持ち、一緒に体験した。取り出した真珠をそれぞれピアスにして私が作ったものとルココちゃんの作ったものがセットでひと組みのピアスになった。それを後ろで眺めていた頼人さんは、帰り道に高級ジュエリーショップへ立ち寄り、ゼロの数がうんと異なる真珠のネックレスをルココちゃんにプレゼントした。
 遊園地デートでは二人席の乗り物で当たり前のようにルココちゃんの隣に座り「ルココは怖がりだからほら」と言って見せびらかすように腕をあげ、ルココちゃんに腕を掴ませていた。
 どっちがデート相手かわからないくらい張り合ってくる。
 この兄、厄介だぞ。
 もっとたやすく私たちの味方になってくれると思っていたのに、もはや味方ではなくこれではライバルじゃないか。これからどうするものかと考えていたそんなある日、ルココちゃんから電話があった。

「ごきげんよう」
「こんにちは」
「本日は丸留に用事があって一人でお散歩しておりますの。外はとても気持ちが良くてよ。世奈様も一緒に如何かしら」

 いつでもルココちゃんの呼び出しに応えられるようにしているので特に予定はないし、もちろん男装もしている。どうせ暇なので散歩は是非とも参加したい。

「是非」
「まあ、嬉しいですわ。ではーー」

 ルココちゃんは散歩している公園の名前を教えてくれた。電車で一駅先にある近場の公園だ。

「すぐに行きますね」
「はい。タクシーでいらしてくださいね。わたくし一人だととても目立ってしまうらしく、少し心細いので」

 なんだそんなことか。それを先に言えばいいのに、奥ゆかしくて可愛いなと思いながらすぐに家を出る。
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