大好きなおばあちゃん
聖女の祝福は人智を越え、ただの布にすら高い防御力を与える。仕組みは分からないのに刃物は通らず、高いお金を出しても買う人は多い。
聖女には精霊の加護があると言われている。精霊が愛した者だけがその力を宿すと。聖女の祈りが込められた布を欲しがっている友達もいる。
でも、私はそんなのより――。
「おばあちゃん、また来ちゃった」
「待っていたよ。ちょうど手編みのコースターが出来上がったところだ。いつもの物々交換をしようかね」
「えへへ。私のは物じゃないけどね」
おばあちゃんがつくるテーブルクロスの方が好き。ランチョンマットやストールやコースターの方が好き。
機織り機の糸を引く音。そのリズム。糸が並び広がっていくのは見ているだけでドキドキワクワクする。
最近は……腕力もなくなって小型の卓上機織り機を使う姿しか見ないけど。
「さぁ、今日はどんな話を聞かせてくれるんだい」
おばあちゃんは、私のつくった童話の聞き手さんだ。年の離れた弟に即興で考えた童話を聞かせたら喜んでくれたのに、最近はもうねだらなくなった。だから喜んで聞いてくれるおばあちゃんしか、もう聞き手さんはいない。お母さんも忙しそうでバタバタしているし、嬉しそうにはしてくれないから。
おばあちゃんは、私の本当のおばあちゃんじゃない。ただのご近所さんだ。お母さんのお使いで、おすそわけのやり取りで知り合ったご近所さん。
「今日のお話のタイトルは『魔法使いとお空の城』だよ」
「まぁまぁ、それは面白そう。今度孫が遊びに来た時にも喜びそうね。覚えておかないと」
茶目っ気まじりの笑顔ですごくわくわくした顔をしてくれるおばあちゃん。私はこのために考えてきたんだって心がじーんとする。
「じゃ、話すね。あるところに――、」
いつもの時間。
あったかい時間。
たくさん褒めてもらえる時間。
大好きな時間。
「すごく面白かったわぁ。わくわくしたわ。雲の上でダンスパーティーなんて素敵ねぇ。さすがフェリスちゃんね」
でも、褒めてくれるのはおばあちゃんだけ。
「私が天才だったらよかったのになぁ」
「天才かい?」
「みんなにすごいって言われて、もっともっとってねだられるの。それでね、有名になるの」
「あらあらまぁまぁ」
フェリスちゃんなら、いつか絶対そうなるわよっておばあちゃんなら言ってくれると思った。でも、違っていた。
「それは、もっと先の方がいいかもねぇ」
「え、なんで?」
「有名にね、小さい時になった子がいてね」
「???」
「でも、すごいと思われていたのに、すごくなくなっちゃってね」
「どうして?」
こんな寂しそうな顔をするおばあちゃんを見たのは初めてだ。
「どうしてだろうねぇ。その子はみんなに気を遣われて、よそよそしくされて、何が悪かったのかなって。自分のどこがよくなかったのかなってたくさん悩んで。人の期待に応えられないのが悲しくて。人と話すのが怖くなっちゃったんだよ」
もしかしたら、すごく仲よかった人なのかなって思った。
「なんで有名になったの?」
「ふふっ、それは内緒。でもね、歳をとってやっと分かったの。たくさんの人にすごいって思われなくても、誰か一人にでも喜んでもらえたらそれでいいんだって。私の作ったものは全部、娘も孫もとっても喜んでくれたのよ」
おばあちゃんがくれたコースターは、橙色のあったかい色をしている。ふわふわの羊毛が織り込まれていて、もこもこしている。
「もうあんまり来ないけど、今はフェリスちゃんと物々交換できるものねぇ」
物じゃないけど。でもいつかおばあちゃんと物々交換できるように、絵の練習も密かにしている。
「うん。おばあちゃんの作るのは全部好き。それに……えへへ。おばあちゃんが喜んでくれるだけで、私も嬉しい。またたくさん考えてくるね!」
「フェリスちゃんと会うのは私の生きがいよ。でも、無理しないでね。年月が経てば大事なものは変わっていくわ」
――おばあちゃんが倒れた時の第一発見者は私だった。
あとで分かったことだ。おばあちゃんは聖女だった。幼い頃に精霊から祝福を授けられ神童だと言われていたらしい。精霊は気まぐれだ。突然、ある時急にその力が使えなくなり、昔聖女だったことは誰からも忘れられたとか。
お葬式でご家族から聞いた話だ。私にならと教えてくれた。家族で会った時には必ず私の話を、にこにこと笑ってしてくれたらしい。
今、私は絵本作家になっている。おばあちゃんがいなければ、たぶんその夢は叶わなかった。たった一人の、私の話をすごく楽しそうに聞いてくれたおばあちゃんがいたから、今の私にその道が続いていた。
聖女の布は今も店に並び、たくさんの人を助けている。でも、そんな大層なものにならなくたって、おばあちゃんは私にとって唯一の人で――。
だから、大勢の特別な存在にならなくたっていい。たった一人の誰かの小さな小さな道しるべになれたならそれでいい。そんな思いで描いている。
誰もが誰かの希望で、みんなが特別で、全ての人が大切な存在だ。私の思いをたくさんの子供たちに伝えたい。
夜空には満天の星。
どの星も、全部綺麗だ。
〈完〉
聖女には精霊の加護があると言われている。精霊が愛した者だけがその力を宿すと。聖女の祈りが込められた布を欲しがっている友達もいる。
でも、私はそんなのより――。
「おばあちゃん、また来ちゃった」
「待っていたよ。ちょうど手編みのコースターが出来上がったところだ。いつもの物々交換をしようかね」
「えへへ。私のは物じゃないけどね」
おばあちゃんがつくるテーブルクロスの方が好き。ランチョンマットやストールやコースターの方が好き。
機織り機の糸を引く音。そのリズム。糸が並び広がっていくのは見ているだけでドキドキワクワクする。
最近は……腕力もなくなって小型の卓上機織り機を使う姿しか見ないけど。
「さぁ、今日はどんな話を聞かせてくれるんだい」
おばあちゃんは、私のつくった童話の聞き手さんだ。年の離れた弟に即興で考えた童話を聞かせたら喜んでくれたのに、最近はもうねだらなくなった。だから喜んで聞いてくれるおばあちゃんしか、もう聞き手さんはいない。お母さんも忙しそうでバタバタしているし、嬉しそうにはしてくれないから。
おばあちゃんは、私の本当のおばあちゃんじゃない。ただのご近所さんだ。お母さんのお使いで、おすそわけのやり取りで知り合ったご近所さん。
「今日のお話のタイトルは『魔法使いとお空の城』だよ」
「まぁまぁ、それは面白そう。今度孫が遊びに来た時にも喜びそうね。覚えておかないと」
茶目っ気まじりの笑顔ですごくわくわくした顔をしてくれるおばあちゃん。私はこのために考えてきたんだって心がじーんとする。
「じゃ、話すね。あるところに――、」
いつもの時間。
あったかい時間。
たくさん褒めてもらえる時間。
大好きな時間。
「すごく面白かったわぁ。わくわくしたわ。雲の上でダンスパーティーなんて素敵ねぇ。さすがフェリスちゃんね」
でも、褒めてくれるのはおばあちゃんだけ。
「私が天才だったらよかったのになぁ」
「天才かい?」
「みんなにすごいって言われて、もっともっとってねだられるの。それでね、有名になるの」
「あらあらまぁまぁ」
フェリスちゃんなら、いつか絶対そうなるわよっておばあちゃんなら言ってくれると思った。でも、違っていた。
「それは、もっと先の方がいいかもねぇ」
「え、なんで?」
「有名にね、小さい時になった子がいてね」
「???」
「でも、すごいと思われていたのに、すごくなくなっちゃってね」
「どうして?」
こんな寂しそうな顔をするおばあちゃんを見たのは初めてだ。
「どうしてだろうねぇ。その子はみんなに気を遣われて、よそよそしくされて、何が悪かったのかなって。自分のどこがよくなかったのかなってたくさん悩んで。人の期待に応えられないのが悲しくて。人と話すのが怖くなっちゃったんだよ」
もしかしたら、すごく仲よかった人なのかなって思った。
「なんで有名になったの?」
「ふふっ、それは内緒。でもね、歳をとってやっと分かったの。たくさんの人にすごいって思われなくても、誰か一人にでも喜んでもらえたらそれでいいんだって。私の作ったものは全部、娘も孫もとっても喜んでくれたのよ」
おばあちゃんがくれたコースターは、橙色のあったかい色をしている。ふわふわの羊毛が織り込まれていて、もこもこしている。
「もうあんまり来ないけど、今はフェリスちゃんと物々交換できるものねぇ」
物じゃないけど。でもいつかおばあちゃんと物々交換できるように、絵の練習も密かにしている。
「うん。おばあちゃんの作るのは全部好き。それに……えへへ。おばあちゃんが喜んでくれるだけで、私も嬉しい。またたくさん考えてくるね!」
「フェリスちゃんと会うのは私の生きがいよ。でも、無理しないでね。年月が経てば大事なものは変わっていくわ」
――おばあちゃんが倒れた時の第一発見者は私だった。
あとで分かったことだ。おばあちゃんは聖女だった。幼い頃に精霊から祝福を授けられ神童だと言われていたらしい。精霊は気まぐれだ。突然、ある時急にその力が使えなくなり、昔聖女だったことは誰からも忘れられたとか。
お葬式でご家族から聞いた話だ。私にならと教えてくれた。家族で会った時には必ず私の話を、にこにこと笑ってしてくれたらしい。
今、私は絵本作家になっている。おばあちゃんがいなければ、たぶんその夢は叶わなかった。たった一人の、私の話をすごく楽しそうに聞いてくれたおばあちゃんがいたから、今の私にその道が続いていた。
聖女の布は今も店に並び、たくさんの人を助けている。でも、そんな大層なものにならなくたって、おばあちゃんは私にとって唯一の人で――。
だから、大勢の特別な存在にならなくたっていい。たった一人の誰かの小さな小さな道しるべになれたならそれでいい。そんな思いで描いている。
誰もが誰かの希望で、みんなが特別で、全ての人が大切な存在だ。私の思いをたくさんの子供たちに伝えたい。
夜空には満天の星。
どの星も、全部綺麗だ。
〈完〉