君がくれた眠れない夜に
第五話
・・・高速道路(車の中)
今日は空が真っ青で雲一つないドライブ日和だ。
しかし、菅野くんは容赦がなかった。
菅野「小林さん、臭いですよ」
小林さんの愛車にある芳香剤が臭いというのだ。確かに甘ったるい匂いが充満していた。それも軽自動車だからよけい強烈に臭うのかもしれないとわたしは言わないけれどそう思った。
小林「そんなに臭うかな?」
菅野「臭いますよ、いかにもおじさんだから。これまずいレベル」
小林「そこまで言わなくてもいいじゃないか」
すると洋子さんがパシリと言った。
洋子「途中でファブリーズ買いましょう」
小林さんは泣きながら運転をし、途中のパーキングエリアに寄って消臭剤を買ってくるはめになった。
終点の横浜町田インターまでは一時間だ。
オレンジ色のボックスカー。軽だけどデザインがスポーティーでお洒落だ。
フロントガラスには小さなドリームキャッチャーが揺れている。「おじさん」だなんて菅野くんもちょっと、いいすぎじゃないかな。
前の席に菅野くん、後ろには洋子さんとわたしが乗っていて、当然女子二人。わたしたちはおしゃべりだった。必然的に火曜日のイケメンくんの話になった。
洋子「月子ちゃん、あの子、昨日も来てたね」
月子「あ、そうですね」
洋子「可愛い顔して低音ボイスなんて罪よ罪」
月子「えー?聞いてたんですねー」
洋子「ふふふ、ところであの男の子、何者だと思う?」
月子「春菜ちゃんのいうとおりミュージシャンかなんかじゃないんですかね」
洋子「やっぱり? なんの楽器やってるんだろうね」
月子「ギターとか持ってきたの見たことないですよね」
洋子「やっぱりボーカル?」
二人でなぜかキャーとわめいた。菅野くんが振り返ってうるさそうにしていたが気にしない。
洋子「月子ちゃんはさ、あんな彼氏欲しい?」
月子「えー⋯⋯ありえないですよ。わたしなんて」
洋子「こら!」
洋子さんがちょっとだけ怒った顔をした。
洋子「わたしなんて、なんていうもんじゃない」
月子「あ、はい。すいません」
洋子「だから、謝らない。すぐに謝るの月子ちゃんの悪い癖だよ」
レインドロップでは、高校生の頃からバイトしていたから、かれこれもう働いて六年になろうとしていた。
わたしの悪いところもいいところも洋子さんは知っている。こうして、たまに叱ってくれるし、いいところは褒めてくれる。本当のお姉さんみたいだ。一人っ子だから嬉しかった。
洋子「彼、ただ者じゃない気がする。そう思わない?」
月子「そうですね、なんかオーラが凄いというか、存在感ありますよね。実は芸能人だったりして」
洋子「そうかもね」
月子「え?」
洋子「見たことあるのよ」
月子「?」
洋子「で、ネットで見たんだけど、事務所? とかのホームページ。どこにも載ってなかったのよ。探し方が悪いのかしらね」
彼が来ても気にしていないそぶりだった洋子さんは、実は根が凄いミーハーだった。
洋子「わたしのブーケ、褒めてたんでしょ?」
月子「あ、はい」
洋子「菅野くん! こら、菅野!」
菅野君がやれやれといった顔で振り返った。
菅野「そうですよ、何度もいったじゃないですか『綺麗な薔薇ですね』って」
低い声を物まねをした菅野くんはおちゃめだ。
洋子「あの薔薇は、ポールズヒマラヤンムスクっていうのよ。いい香りがしてたでしょ?」
菅野「へー」菅野くんが興味のない返事をした。すると小林さんが訊いてきた。
小林「あのーお話し中申し訳ないんですがね、次のパーキングでトイレ休憩しなくていいんですか?」
小林さんは、二人に臭いといわれてから元気をなくしていた。
洋子「小林さん、運転代わろうか?」
小林「え? いいですよ、洋子さんに運転させれません」
洋子「なんで?」
小林「死にたくありませんから」
洋子「えーひどい」
みんなでどっと笑った。小さな言葉のキャッチが幸せを連れて来る。わたしたちレインドロップの人間は、まるでひとつの家族みたいだなと、こういう時思うのだ。
・・・高速を出て町田へ
車は無事に横浜町田に到着して、町田の住宅地に向かう途中で車をコインパーキングに置いた。
ここからはスマホのナビで歩いていこうということになった。
洋子さんはお手製の昼食をピクニックバッグに入れて持ってきていた。
重いので小林さんがそれを持った。小林さんが菅野くんをちらりと見る。「最近の若いもんは気が利かないな」といったところか。菅野くんは気づかない様子でナビ役をかってでた。
・・・町田(住宅地)
町田の住宅地は進めば進むほど、お屋敷のような家が増えてくる。庭にハンキングを吊るした花々や壁に蔦の絡まる家がたくさんあった。
洋子「素敵ねー、どの家も大きいし、お庭も広い。羨ましいわー」
菅野「お屋敷だらけですね」
小林「俺なんて一生縁のない世界だぜ」
四十分くらい歩いただろうか、確か「駅からだとだいぶ遠いから土地は安い」と、おじいちゃんが言っていたっけ。
菅野「あ、そろそろ、そこですね、この先、右に曲がった突き当たりです」菅野君が教えてくれた。
その家は見えてきた。わたしたちは一瞬、息を呑んだ。
遠目からでもよく目立つ。
その一軒家が、あまりにも美しかったからだ。
今日は空が真っ青で雲一つないドライブ日和だ。
しかし、菅野くんは容赦がなかった。
菅野「小林さん、臭いですよ」
小林さんの愛車にある芳香剤が臭いというのだ。確かに甘ったるい匂いが充満していた。それも軽自動車だからよけい強烈に臭うのかもしれないとわたしは言わないけれどそう思った。
小林「そんなに臭うかな?」
菅野「臭いますよ、いかにもおじさんだから。これまずいレベル」
小林「そこまで言わなくてもいいじゃないか」
すると洋子さんがパシリと言った。
洋子「途中でファブリーズ買いましょう」
小林さんは泣きながら運転をし、途中のパーキングエリアに寄って消臭剤を買ってくるはめになった。
終点の横浜町田インターまでは一時間だ。
オレンジ色のボックスカー。軽だけどデザインがスポーティーでお洒落だ。
フロントガラスには小さなドリームキャッチャーが揺れている。「おじさん」だなんて菅野くんもちょっと、いいすぎじゃないかな。
前の席に菅野くん、後ろには洋子さんとわたしが乗っていて、当然女子二人。わたしたちはおしゃべりだった。必然的に火曜日のイケメンくんの話になった。
洋子「月子ちゃん、あの子、昨日も来てたね」
月子「あ、そうですね」
洋子「可愛い顔して低音ボイスなんて罪よ罪」
月子「えー?聞いてたんですねー」
洋子「ふふふ、ところであの男の子、何者だと思う?」
月子「春菜ちゃんのいうとおりミュージシャンかなんかじゃないんですかね」
洋子「やっぱり? なんの楽器やってるんだろうね」
月子「ギターとか持ってきたの見たことないですよね」
洋子「やっぱりボーカル?」
二人でなぜかキャーとわめいた。菅野くんが振り返ってうるさそうにしていたが気にしない。
洋子「月子ちゃんはさ、あんな彼氏欲しい?」
月子「えー⋯⋯ありえないですよ。わたしなんて」
洋子「こら!」
洋子さんがちょっとだけ怒った顔をした。
洋子「わたしなんて、なんていうもんじゃない」
月子「あ、はい。すいません」
洋子「だから、謝らない。すぐに謝るの月子ちゃんの悪い癖だよ」
レインドロップでは、高校生の頃からバイトしていたから、かれこれもう働いて六年になろうとしていた。
わたしの悪いところもいいところも洋子さんは知っている。こうして、たまに叱ってくれるし、いいところは褒めてくれる。本当のお姉さんみたいだ。一人っ子だから嬉しかった。
洋子「彼、ただ者じゃない気がする。そう思わない?」
月子「そうですね、なんかオーラが凄いというか、存在感ありますよね。実は芸能人だったりして」
洋子「そうかもね」
月子「え?」
洋子「見たことあるのよ」
月子「?」
洋子「で、ネットで見たんだけど、事務所? とかのホームページ。どこにも載ってなかったのよ。探し方が悪いのかしらね」
彼が来ても気にしていないそぶりだった洋子さんは、実は根が凄いミーハーだった。
洋子「わたしのブーケ、褒めてたんでしょ?」
月子「あ、はい」
洋子「菅野くん! こら、菅野!」
菅野君がやれやれといった顔で振り返った。
菅野「そうですよ、何度もいったじゃないですか『綺麗な薔薇ですね』って」
低い声を物まねをした菅野くんはおちゃめだ。
洋子「あの薔薇は、ポールズヒマラヤンムスクっていうのよ。いい香りがしてたでしょ?」
菅野「へー」菅野くんが興味のない返事をした。すると小林さんが訊いてきた。
小林「あのーお話し中申し訳ないんですがね、次のパーキングでトイレ休憩しなくていいんですか?」
小林さんは、二人に臭いといわれてから元気をなくしていた。
洋子「小林さん、運転代わろうか?」
小林「え? いいですよ、洋子さんに運転させれません」
洋子「なんで?」
小林「死にたくありませんから」
洋子「えーひどい」
みんなでどっと笑った。小さな言葉のキャッチが幸せを連れて来る。わたしたちレインドロップの人間は、まるでひとつの家族みたいだなと、こういう時思うのだ。
・・・高速を出て町田へ
車は無事に横浜町田に到着して、町田の住宅地に向かう途中で車をコインパーキングに置いた。
ここからはスマホのナビで歩いていこうということになった。
洋子さんはお手製の昼食をピクニックバッグに入れて持ってきていた。
重いので小林さんがそれを持った。小林さんが菅野くんをちらりと見る。「最近の若いもんは気が利かないな」といったところか。菅野くんは気づかない様子でナビ役をかってでた。
・・・町田(住宅地)
町田の住宅地は進めば進むほど、お屋敷のような家が増えてくる。庭にハンキングを吊るした花々や壁に蔦の絡まる家がたくさんあった。
洋子「素敵ねー、どの家も大きいし、お庭も広い。羨ましいわー」
菅野「お屋敷だらけですね」
小林「俺なんて一生縁のない世界だぜ」
四十分くらい歩いただろうか、確か「駅からだとだいぶ遠いから土地は安い」と、おじいちゃんが言っていたっけ。
菅野「あ、そろそろ、そこですね、この先、右に曲がった突き当たりです」菅野君が教えてくれた。
その家は見えてきた。わたしたちは一瞬、息を呑んだ。
遠目からでもよく目立つ。
その一軒家が、あまりにも美しかったからだ。