あまく翻弄される

「……伊織くん、あのね、」


でもそれだけじゃないってことを知っている。


「私、誰かを好きになったことも無くてお付き合いもしたことないの。自分の気持ちに鈍感ってのも最近知ったんだけど」

「……」

「色々考えたらわけわかんなくなっちゃって」


優しい伊織くんは黙って私の話を聞いてくれていた。

瞳だけは真剣で、触れた手に私の温度が移って温かくなっていく。


「だからね、考えるのやめたの」


私の言葉にきょとんと小首を傾げる伊織くんが可愛くてくすくすと笑う。


「…そうしたらわかった。
今この手に触れていたいと思うのは……きっと恋だと思う」


そう言ったらしっくりと来て、じんわりと心が満たされた。──そう、これは恋だったんだ。

認めたくなくて気付かなかった気持ちにやっと名前がついた。


掻き抱くように伊織くんの腕の中に閉じ込められる。

優しい石鹸の匂い。
すごくすごく心地よくて瞳を閉じる。
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