あまく翻弄される
だんだん視線も落ちていって、掴んでいた袖からずるずると力なく指が落ちようとして、最後に未練がましく引っかかった人差し指ごと大きな手で掴まれる。


「……俺のために?」


ぽつりと落とした言葉を聞くために顔を上げると瞳をあまく蕩けさせて艶っぽく笑みを浮かべていた。

呆れるでもなく引くわけでもなく、喜んでくれた。
それが嬉しくて釣られるように私も微笑んでいた。


「……私が会いたかったの。伊織くんに早く」

「俺も」


手を視線の高さまで持ってくると見せるように指を絡めてくる。そして私の指先に唇を落として。


「………鳴さんに早く会いたかった」


瞳がたしかな温度を持って私を見ていた。



「鳴さん、帰りましょう」

「うん」


華奢に見えてゴツゴツとした男の人の手。
その手としっかり指を絡めてふたりで帰路を辿る。

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