あまく翻弄される
「───伊織!」
思わず聞き慣れた名前に思わず振り返る。
この時振り返らなければよかった。
知らなければきっと私は幸せの中に入れたから。
ただ好きな人が私の事を好きだという甘い恋の中にいれたから。
声をかけた女の子は伊織くんだけを見つめて、その腕の中に飛び込んで、その唇にキスをした。
まるで昔のフィルム映画の一コマ一コマが再生されているように、色が抜け落ちた視界でただただ呆然と見つめた。
視線が離せない。
突然立ち止まった私の横を人が行き交う。
私だけ時間が止まったみたいに。
悲しくはない。辛くはない。怒ってもいない。
ただ……そう、驚いただけ。本当にそれだけ。