あまく翻弄される
綺麗な女の人と綺麗な伊織くんはわたしみたいなちんちくりんより遥かにお似合いだった。

やっと視線をはずせたのは視界が突然ぐにゃりとぼやけたから。
それでも涙は落ちなかった。

ゆっくりともたつく足でその場を後退していく。

大丈夫。大丈夫。わけもなく繰り返す。


ふたりに背を向けた途端、足は勝手に走り出していた。自分でも驚くぐらい走っていた。

走って走って。

どこにも行く場所なんてなかった。
ただただあそこから逃げたかった。

息が切れて呼吸が荒くなる。馬鹿な自分を膝が嘲るように嗤っている。

ぼやけた視界はきっと走ったせい。
そうに違いない。

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