あまく翻弄される
長い足に私が勝てるまでもなく、勢いのまま腕を掴まれる。息切れをして全身から汗を吹き出す私とは反対に余裕そうな伊織くん。

それすらも腹が立ってきてばたばたと身を捩る。
悲しそうな瞳が見ていられなくて視線を逸らす。


「離してっ」

「…鳴さん、聞いて」

「嫌だ。聞きたくない」

「鳴さん」

「離してよ…聞きたくないの…」


伊織くんの声に嫌々と駄々をこねるように首を振る。

聞きたくない。何をなのか自分でも分からなかった。
でも猛烈な不安が大きく心にへばりついていた。



「──鳴さん、聞け」



頬を両手で包み込んで真剣な瞳がこちらを貫いてそう言うから、吸い込まれるようにその瞳を見た。
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