あまく翻弄される
「そんな熱を籠った瞳でずっと見られてたら勘違いするよ」

今度ははっきり言ってやる。




「私は伊織くんを好きなんかじゃない」




自分で言っておいて目の前が真っ暗になった。
…馬鹿だ。私は正真正銘の馬鹿だった。
心がズタズタに切り裂かれた気分だった。
もしも目に見えていたらきっと血が流れていただろう。

好きなんかじゃないって言って、好きだと自覚するなんて本当に私は大馬鹿者だ。
こんな自己中女、私だったら丸めてゴミ箱に捨てる。

こんなに近くにいるのに、伊織くんの顔が見れなくて、熱い瞼を閉じる。


「…他は?」


掠れたような声が次を促す。


「もっと言ってよ」


こんなこと言わせてどうしたいんだろう。


「………他の女の人とキスするところ」


その言葉に次を促す事はなくておそるおそる顔を上げる。

長い長い沈黙の後、ため息が聞こえた。



「鳴さん」



心臓がありえないくらい暴れ出す。
まるで死刑宣告を待つ囚人のようだった。
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