カッチカチのそれ
 僕の幼馴染はドジっ娘を装う。

 土曜の午後。予想通りスマホに通知がきた。内容は見なくても予言者のように言い当てる自信がある。

『ごめん、透くん。昨日宿題で出されたワークの答えだけ学校に置いてきちゃった。見せてもらいに行ってもいいかな』

 ……やっぱりな。
 ポチポチといつものように返信する。
 
『写真撮って送るよ?』
『そんなの手間だし悪いよ。玄関で写真だけ撮らせてもらうのでも大丈夫! 迷惑かな』

 本当は忘れていないくせに。
 
 テスト前だったり、互いの部活の大会前にこんなことは言い出さない。僕が忙しくなさそうな時を見計らって、都合よく学校に忘れてくる。金曜には何かしらの科目で答え合わせまで含めた宿題が出るからな。
 
『ご飯も食べたし、いつ来ても大丈夫だよ』
『それなら、今から行く!』
『おけ』

 ご近所だからすぐに来るだろう。外に出られる準備もしていたはずだ。
 
 ◆

「ごめんね、いっつも。私ってドジだから」

 僕はあまりドジな子は好きじゃない。巻き込まれて煩わされるのは鬱陶しい。

 ――でも、節度をもってドジっ娘を装われるのは嫌いじゃない。

「せっかくだし、上がっていきなよ」

 今日の彼女は、薄い桃色のキャミソールに透け感のあるブラウスを羽織り、大きな白いボタンを一つだけ前で留めている。下はミニスカだ。

 幼馴染の彼女とは偶然近所で会うこともある。そんな時はいつもTシャツにジーンズ。僕に会いに来る時だけ、突然隙だらけの服になる。

「ありがとう。お邪魔じゃないかな」

 お邪魔どころか、彼女が来ると言った瞬間に両親は「それなら私たちはデートしてくるから、あなたも頑張りなさい」と姿を消した。「避妊だけはしっかりな」と父親にもいつも釘を差される。そんなことをするつもりも、まだ付き合う気もないんだけどな。

「暇してたからいいよ」
「ありがと。それじゃ、お邪魔しま〜す……っわ!」

 いつも通り玄関の段差でつまづき、僕はスッと抱きとめる。もはや恒例行事だ。

「ありがと……」

 消え入りそうな声で僕の腕の中で顔をあげる彼女は、顔を赤くして涙目になる。

 おそらく、わざとだと気づかれていることを自覚していながら毎回コレをやってしまう自分が恥ずかしいのだろう。

 彼女はバカじゃない。成績も上位だ。九十点以上をとった人だけ発表するぞーなんて先生が言うと、ほとんど名前が呼ばれている。僕は……まぁ、たまにだな。彼女ほどではない。

 体を離して彼女の手を引いて僕の部屋に入る。

「いつも変わらないね」

 バフっと僕のベッドの上に寝転んだ。あえてミニスカから覗く下着がやや見える角度に調整しているのだろう。ドジっ娘ではない。絶対にわざとのはずだ。そんなものに屈する僕ではない……って――、

 な!?
 留めているゆるめのブラウスの白いボタンがスルッと取れて、キャミソールが露わになったが……お前、ブラしてないだろ!?

 静まれ……静まるんだ、本能よ。

 僕は彼女に夢中になってはならない。これ以上好きになったら勉強に身が入らなくて同じ大学に入れなくなる。冷静になるんだ!

「ボタン留めなよ。下着、つけてないよね」

 動揺していないフリが精一杯だ。
 
「え、あ、わ! ご、ごめん。部屋着の上にブラウス羽織っただけで来ちゃった。そういえばつけてなかった……」

 いそいそとボタンを留めているが、わざとだよな!? そうだよな!?

「他の男の前でもそれ、やってないよね」
「な、ない! それはないから! そんなちじょっ……あ、えっと、ないの!」

 痴女みたいたなことをしている自覚はあったのか、よかった……。

「あ、それであの件はどうなったのかな」

 話題を変えたな。
 
「あの件?」
「キッチン借りてもいいかなって」

 前にどんな子が好みか聞かれた時につい「お菓子がつくれる子」と答えてしまった。彼女の手作りの何かを食べてみたいという、ただそれだけで。

「母さんに許可はもらったよ。いつでもいいってさ」
「え、それなら今日でも?」
「いいとは思うけど……」
「材料、今から持ってくるね!」

 ――そしてどうなったかといえば。

「ごめんなさい……」

 彼女が涙をポロポロと零している。

「少し固いけど美味しいよ」
「違うの。練習の時はもっと……っ」

 なぜか味は美味しいのにめちゃくちゃ固いクッキーが出来上がった。クッキーって、こんなに固くなるんだな。

 しかし、だ。キッチンで作業中の彼女は確認するようにクッキーを一つずつ押していたように見えた。

「夏海のちょうだい」

 ひょいと彼女の皿のクッキーを口に入れると、釘が打てそうに固い。ガキンッとすごい音がした。頑張らないと砕けない。

「ああ! やめて……」
「交換しよう」
「お願いだからそっちを私に食べさせて」
「実は固いお菓子が好きなんだ」
「そんなわけないじゃん……」

 泣いて嫌がる彼女を横目に、ココア生地の少し混ざったミケ猫クッキーを勢いよく齧る。

 味はいい。すごく美味しい。
 固すぎるクッキーに少しほっとする。これは間違いなく、わざとじゃない。抜けているところがあると嬉しいなんて、僕はドジっ娘がもしかして好きなのだろうか。

 ……違うな。
 きっと、彼女だからだ。
 夏美じゃなかったら固いクッキーにこんなに幸せなんて感じなかったはずだ。

 ドジなのかドジじゃないのか分からない大好きな彼女と、これからも一緒にいたい。

 理性を保ちながらね。


【完】
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