灰を被らないシンデレラ
その日は土曜日で、人も多く忙しい日だった。
交代制で遅めの昼休憩を取り店に戻ろうとした時、背後から突然声をかけられた。
「久しぶりだなあ、憂」
聞き覚えのある声だった。
チッと毒づきながら振り返ると、かつてクラブでいやらしい手つきで自分に触れてきたので盛大に振ってやった男がニヤニヤと自分を見ていた。
「何か用?」
「つれねえじゃねえか。あんなに遊んだ仲なのに」
「あんたが勝手にまとわりついてきただけでしょ」
男の名は確か耕介と言ったか。
フルネームは忘れた。
というか最初から覚えてない。
「随分と雰囲気変わったな。人妻になるとハイトクカンっての?エロさが増したんじゃねえか」
「あんたこそ。キモさが一層増したんじゃない?」
「……」
「あとさ、無理に難しい言葉使わない方がいいよ。馬鹿が余計明るみに出るから」
かつてはネイルでゴテゴテに飾っていたが結婚の際に家事の邪魔になると短く切り揃えた爪を弄りながら、顔も見ずに冷たく吐き捨てる。