灰を被らないシンデレラ
突然呼ばれた名前にビクリと体を震わせた。
けれど脚は止めなかった。
何故ならその声は、憂をひどく安心させてくれるものだったから。
目の前に見えた人影にそのまま勢いよく飛び込んだ。
途端、心地よいシトラスの香りと温かい腕に包まれ憂はそこでようやく全身に込めていた力を抜く事ができた。
そして、自分を優しく抱きしめてくれる男の名を呼んだ。
「柊さん…」
やっぱり、来てくれた。
急いできてくれたのだろう、心臓の音が速く息も上がっている。
少し汗ばんだシャツでさえも今は愛おしくて堪らなかった。
「GPS、付けておいて正解だったね」
「ナマ言ってんじゃねえよ馬鹿女…」
馬鹿などと口にしながらもその言葉はどこまでも甘いものだった。
その後柊が手配していたのだろう、警察がすぐに来て腰を曲げながらフラフラとその場から立ち去ろうとしていた耕介は呆気なく捕まり連行された。
憂も事情聴取を受ける事になったが、殴られて腫れ上がった頬を見てその場の全員が顔を赤くしたり青くしたりしたのでひとまず病院へと連れて行かれた。