ヤンキー高校のアリス
「さっきも【chess】の番長が言ってただろ。『この学校ではトップこそが全て』。ヤンキーにとってはつねに、喧嘩こそが全て――いたってシンプルだよ。足立ルイスは、入学式のこの場で、要するに全校に対して『お前らよりオレのほうが上だ』って宣言したってこと」
会場を満たすざわめきの中――わたしは八王子くんのよどみない説明を聞きながら、正直な感想をのべた。
「足立くんはなんでそんなことを……?」
そもそも、足立くんが舞台上で殴り合ってた理由もよく分からない。何が彼をそこまで駆り立てたんだろう? わたしは先ほどの騒ぎを思い返そうとしたけれど、八王子くんに抱き留められていたことのほうが衝撃で、何も思い出せなかった。
「さあ、何でだろうね?」
八王子くんは首をかしげて手を挙げてみせた。
「僕にはてんで理解が及ばないよ。足立ルイス。あいつは【狂犬】だよ。東中の【狂犬】、聞いたことない? 君どこ中?」
「西中学校だったけど……聞いたことないです。そういう話、初めて聞いたかも」
「そうか。それは何より」
八王子くんは腕を組んだ。
「あいつはここらを根城にするヤンキーの中でも変わった奴だからね。注意するといい」
「は、はい……」
ヤンキーの中にも、いろいろあるらしい。わたしはついでに八王子くんに尋ねてみた。
「八王子くんもヤンキーなの?」
「ん、そうだよ。とっても悪いヤンキー」
思いがけずさらりとした返事があった。わたしは彼の端正な顔をまじまじと見上げてしまった。
「嘘だよ、うそうそ。気にしないで、【姫】」
人が悪い。
「あの、その、【姫】っていうの、やめてくれます?」
わたしの小さな抗議に、八王子くんは音もなく笑むだけだった。
そのあと、壇上からチェスの一人に思い切り突き落とされたわたしは、先生に何度もけがはないかと聞かれた。念のためにと病院に連れて行かれそうになったけれど、わたしはそれをあの手この手でかわし、なんとか平穏に家に帰れることになった。
正直、めまぐるしい上にジェットコースターよりはらはらする一日だったけれど、こうして無事に帰れてよかった。
親の耳に何か入ったら、せっかく入った高校からまた転校しなきゃいけなくなる。
過剰なお母さんの反応を思い描いて、わたしはため息をつく。
中学校の時だって、危なく転校沙汰になるところだった。
あの極端な心配性さえなければ、こうやって後ろめたい思いをしなくて済むのに。
「見つけたぞ! 一年の【姫】だ!」
こうやって、親に隠しごとをしながら生きるんだろうか。
「捕まえろ!」
こうやって――。
「さっきから何……――?」
声のする方を振り向くとほぼ同時、殴打音が響いた。
ドッ!
足下にうずくまっている二人の生徒が、金髪をなびかせた男子生徒を見上げている。
え――?
「俺は足立と違っててっぺんとか正直どーでもいいんだけど」
飴を咥えた口がもごもごと言う。
「あいつの考えが間違ってる訳じゃないことも知ってる。汚いやり口を使わないでよ、先輩たち。手ェ出さないといけなくなっちゃうじゃん」
「その金髪……女みてえなツラ……オマエ、東中の【皇子】……!」
倒れ伏す上級生がうめいた。
「足立に敵わないと思って、一年生の一番の弱点を突こうって腹? そんなの、フェアじゃないだろ」
「うっせえな! この女さえものにしちまえばッ」
長い足がその頭を容赦なく蹴り上げる。ぐらりと傾いだ体がどさりと地面に落ちた。
「――二度とその下卑た考えを起こすなよ、腐れ外道」
脳しんとうでも起こしかけているんだろうか、がくがくと四肢がけいれんしている。わたしは思わず間に止めに入った。
「だめ! だめだよ、死んじゃうよ!」
「死なないよ、このくらいで」
怜悧な美貌がつめたく言い放った。
「こいつら、卑怯で卑劣だ。キミを襲って傷物にしようとしたんだよ。俺が一番許せないやり口」
「っ……でも、殺しちゃうよ、このままじゃ」
長い沈黙のあと、美少年は先輩たちから手を離した。再び崩れ落ちたヤンキーを一瞥し、美少年さんはゆるりと髪の毛の乱れをなおした。
「帰り、送っていくよ」
「え?」
「あんなことがあったあとで、またこんなことがあった。このうえ、また酷い目見たくないでしょ。今日は俺がついてる」
「……あ、りがたい、のはやまやまだけど」
「ありがたいなら受け取っておきなよ。俺がこんなことするの、珍しいんだから」
わたしは少し考えてから、彼の申し出を受けることにした。家の前までなら多分大丈夫だ。お母さんに、姿さえ見られなければ。
「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
「センジュ」
「え?」
美少年さんは飴をなめながら、つぶやくように言った。
「千住、白兎。俺の名前」
会場を満たすざわめきの中――わたしは八王子くんのよどみない説明を聞きながら、正直な感想をのべた。
「足立くんはなんでそんなことを……?」
そもそも、足立くんが舞台上で殴り合ってた理由もよく分からない。何が彼をそこまで駆り立てたんだろう? わたしは先ほどの騒ぎを思い返そうとしたけれど、八王子くんに抱き留められていたことのほうが衝撃で、何も思い出せなかった。
「さあ、何でだろうね?」
八王子くんは首をかしげて手を挙げてみせた。
「僕にはてんで理解が及ばないよ。足立ルイス。あいつは【狂犬】だよ。東中の【狂犬】、聞いたことない? 君どこ中?」
「西中学校だったけど……聞いたことないです。そういう話、初めて聞いたかも」
「そうか。それは何より」
八王子くんは腕を組んだ。
「あいつはここらを根城にするヤンキーの中でも変わった奴だからね。注意するといい」
「は、はい……」
ヤンキーの中にも、いろいろあるらしい。わたしはついでに八王子くんに尋ねてみた。
「八王子くんもヤンキーなの?」
「ん、そうだよ。とっても悪いヤンキー」
思いがけずさらりとした返事があった。わたしは彼の端正な顔をまじまじと見上げてしまった。
「嘘だよ、うそうそ。気にしないで、【姫】」
人が悪い。
「あの、その、【姫】っていうの、やめてくれます?」
わたしの小さな抗議に、八王子くんは音もなく笑むだけだった。
そのあと、壇上からチェスの一人に思い切り突き落とされたわたしは、先生に何度もけがはないかと聞かれた。念のためにと病院に連れて行かれそうになったけれど、わたしはそれをあの手この手でかわし、なんとか平穏に家に帰れることになった。
正直、めまぐるしい上にジェットコースターよりはらはらする一日だったけれど、こうして無事に帰れてよかった。
親の耳に何か入ったら、せっかく入った高校からまた転校しなきゃいけなくなる。
過剰なお母さんの反応を思い描いて、わたしはため息をつく。
中学校の時だって、危なく転校沙汰になるところだった。
あの極端な心配性さえなければ、こうやって後ろめたい思いをしなくて済むのに。
「見つけたぞ! 一年の【姫】だ!」
こうやって、親に隠しごとをしながら生きるんだろうか。
「捕まえろ!」
こうやって――。
「さっきから何……――?」
声のする方を振り向くとほぼ同時、殴打音が響いた。
ドッ!
足下にうずくまっている二人の生徒が、金髪をなびかせた男子生徒を見上げている。
え――?
「俺は足立と違っててっぺんとか正直どーでもいいんだけど」
飴を咥えた口がもごもごと言う。
「あいつの考えが間違ってる訳じゃないことも知ってる。汚いやり口を使わないでよ、先輩たち。手ェ出さないといけなくなっちゃうじゃん」
「その金髪……女みてえなツラ……オマエ、東中の【皇子】……!」
倒れ伏す上級生がうめいた。
「足立に敵わないと思って、一年生の一番の弱点を突こうって腹? そんなの、フェアじゃないだろ」
「うっせえな! この女さえものにしちまえばッ」
長い足がその頭を容赦なく蹴り上げる。ぐらりと傾いだ体がどさりと地面に落ちた。
「――二度とその下卑た考えを起こすなよ、腐れ外道」
脳しんとうでも起こしかけているんだろうか、がくがくと四肢がけいれんしている。わたしは思わず間に止めに入った。
「だめ! だめだよ、死んじゃうよ!」
「死なないよ、このくらいで」
怜悧な美貌がつめたく言い放った。
「こいつら、卑怯で卑劣だ。キミを襲って傷物にしようとしたんだよ。俺が一番許せないやり口」
「っ……でも、殺しちゃうよ、このままじゃ」
長い沈黙のあと、美少年は先輩たちから手を離した。再び崩れ落ちたヤンキーを一瞥し、美少年さんはゆるりと髪の毛の乱れをなおした。
「帰り、送っていくよ」
「え?」
「あんなことがあったあとで、またこんなことがあった。このうえ、また酷い目見たくないでしょ。今日は俺がついてる」
「……あ、りがたい、のはやまやまだけど」
「ありがたいなら受け取っておきなよ。俺がこんなことするの、珍しいんだから」
わたしは少し考えてから、彼の申し出を受けることにした。家の前までなら多分大丈夫だ。お母さんに、姿さえ見られなければ。
「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
「センジュ」
「え?」
美少年さんは飴をなめながら、つぶやくように言った。
「千住、白兎。俺の名前」