ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※
 
 千住くんに見送ってもらい、無事に帰ってから、わたしは今日のことを思い返す。

 ヤンキー学園、清音。
 
 出会った三人のヤンキー、足立くん、八王子くん、千住くん。

 【chess】という二年生のヤンキー集団。それから……



「【姫】ってなに……?」

 最初に言い出したのは足立くんだったけれど、さすがに【姫】はないでしょう。【姫】なんて柄でもないし、呼ばれるだけでこそばゆい。


「次呼ばれたら、ちゃんと訂正しないと」


 わたしはそう決めて、明日の学力テストのためにノートと鉛筆を開いた。けど。

「ヤンキー学園、か……」

 喧嘩、抗争、――殴り合い。今日見たような激しい闘い。
 思い返して、シャープペンの先をみつめる。



 ある意味わたしは、とんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。わたしの鬱屈を吹き飛ばしてしまうような、過激で過剰で、新鮮な――。

 そのとき、控えめなノックの音がした。

「はい」
「有朱ちゃん? ちょっといいかな?」
「え……? はい」

 これはお義父さんだ。

 ドアを後ろ手に閉め、気を引き締めて廊下に出ると、お義父さんは口元に手をあて、ひそひそこそこそとささやいた。

「――有朱ちゃん的に、どうだった、今の清音学園」
「えっ」

 図星というか、今一番触れられたくない場所だった。だけどお義父さんは、

「まだヤンキー学園とかやってるの?」
「ええっ、あっ、そのっ」

 しっかりすっぱり言い当ててくる。

「その様子だと、やっぱりまだ治安は良くなってないようだね」

 どうやらお義父さんは、清音学園の内情を知っているらしい。なんで?

「あああ、あの、このことはお母さんには内密に……!」

 慌ててわたしが小声で言いつのると、お義父さんは人の良さそうな笑みを浮かべた。

「分かってるよ。美智さんは有朱ちゃんが大事で仕方がないからね。こんなことバレたらせっかく受かった高校も転校になってしまう」

「……なんで知ってるんですか?」
「僕の母校だから」


 納得してしまった。お義父さんがお母さんをいさめることができたのは、そういうわけだったんだ。……なるほど。

「つまり……元ヤンなんですか?」

「まあ、昔はこのあたりを張ってたけどね。ずいぶん昔の話だよ。若かったな」

「……ちなみに、お母さんはこのことは?」

「知らないよ。僕と有朱ちゃんだけの秘密」


 わたしはまじまじとお義父さんを見上げた。こんなことを言うような人だとは思っていなかったから。

「だから、もし何かあったら僕を頼ってほしいなって。これからあの学園に通い続けるなら、美智さんに言えないようなこととか、困りごとが出てくると思うんだ。……いちおう、父親だから、有朱ちゃんの力になりたいと思ってる」

 わたしは、何も言えなかった。はいとも、うんとも、いいえとも、いやだとも。

 黙ったままのわたしを見て、お義父さんはいつも通りの笑みを浮かべた。


「……僕は、君の味方だよ」



 どこか、なんとなく、八王子くんに似ていた。


< 12 / 68 >

この作品をシェア

pagetop