ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※

 
 学力テスト当日。
 さすがにテストの時は静かだよね。……と思ったら半分くらい寝てたみたい。
 いや寝てたんかい。学力テストだよ?

「わかんなかった問題、復習しとかないとなぁ」

 わたしは筆記用具を筆箱にしまいながら、ふと廊下の方を見た。
 ちょうど、開け放たれた戸ごしに、スカートを短く切った女子たちがわたしの方を見つめていた。
 あ、女子だ!

「女子だっ!」
 あまりのうれしさに、考えがそのまま言葉に漏れてしまった。そうか。学年の紅一点なんだから、他の学年にはいるかもしれないのか。いたんだ、女子!

「あ、あの、あのあの! わたし――!」
 学年違っても友達になれるかな? わたしは前のめりにそちらへ走り寄って廊下に出て――、

 どん、と突き飛ばされた。

「あ、え?」

 転びはしなかったけど、よろけてしまう。女子たちはきらきらした指先を口元にあてて、笑った。

「何この(いも)いの。一年の【姫】とか言うからどんなかと思ったじゃない」
「あはは、その顔超間抜け」
「【姫】とかなんとか調子に乗ってるから、麗華(レイカ)さまに嫌われるんだよ、ザコ」
 
 冷たい言葉が矢のように降ってくる。友達になりたい、そう思ってたわたしがしゅんとしぼんでいく。

 わたしは伸ばしかけた手を引っ込めて、彼女たちを見つめた。

「なん、なんでですか? わたしなにも……」

「なにもしてない? なにもしてなくて、【姫】なんて呼ばれかたしないでしょ」

 奥にいた綺麗な女子生徒がつかつかと歩み寄ってきた。長い金髪をひと撫でし、唇に開いたピアスに触れながら、にやりと笑う。

「【姫】と呼ばれて良いのも、【女王】と呼ばれていいのもあたしだけなのよ」
「麗華さまの言うとおり! 【姫】はふたりも要らない」
 
 麗華さまと呼ばれた女子はわたしを見下ろした。スタイルが良くて、良い匂いがする。
 いや、そんな観察してる場合じゃない。
 わたしは弁解した。

「いや、姫とか呼んでるのは周りだけでわたしは――!」

「ならいっそう目障り。消えてよ。なんだっけ? ありす? ふざけた名前!」

 それを聞いた瞬間、目の前がかっと赤く染まる。
 ふざけた名前。
 ふざけた名前、ですって?

「取り消して」
「は?」
「取り消して! 今の取り消してよ! ふざけた名前だなんて言わないで!」

 それは、お父さんからの贈り物だ。
――誰からも愛される女の子になりますように……。

「なにこいつ。本気になってんの。きも」
 麗華と呼ばれた上級生は笑いながらわたしを指さした。そのごてごてしたネイルをにらみつけながら、わたしは言い放った。

「わたしの名前はふざけてなんかいないっ!」

 そのときだった。

「どうしたの?」
 わたしの肩を抱き寄せて、低い声が言った。
「こいつら何? 上級生? 【姫】、大丈夫?」
 八王子くんだ。
「廊下で騒ぎになってると思ったら、【女王(クイーン)】とご対面か。遅くなってごめんね」

 はたと我に返り周りをみたら、誰もがわたしたちの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)に注目していた。
 
「見てるだけで助けに入らないなんて薄情な連中だ」
 八王子くんはやれやれと手を挙げ、「お手上げ」とばかりだ。

「ね、そこの【狂犬】を見習えよ、Aクラスの諸君」
 
 そのときだ。知り合ったばかりの、足立くんの声が聞こえてきた。
「離せよ千住! 俺の姫が」
「キミの【姫】じゃないから。まず落ち着け、まだ行くな。まだだ」
 足立くんを羽交い締めにしている千住くんがいた。わたわたしている。

 たぶん千住くんじゃないと足立くんを羽交い締めにするのは不可能だろう。昨日喧嘩を見た限り、足立くんはただ者じゃないから。

「……何してるの、ふたりとも」
 八王子くんがにこやかに答えた。
「みんな姫を心配してきたわけ。学園の【女王】が【姫】をいじめにきたんじゃないかってね」

 麗華さまが口を開く。
「なぁに、そんなわけないじゃん。先を行く者として、礼儀を教えてやったのよ。【女王】に逆らうようなら考えがあると伝えにきただけ。……まさか、本当に【宰相(さいしょう)】と【狂犬】と【皇子】を手駒に加えてるなんてね。芋い顔してやることはやってんだ。……なおさらキモいわ」

「オレと姫とは何もないッスよ」
 千住くんの羽交い締めから解放されてきた足立くんが、わたしの前に立ちはだかった。
「すくなくとも、姫は清い」

「うっざ」
「【狂犬】。あんまり麗華さまをわずらわせると、うちの奴らを使って痛い目見せるよ」 
 女子たちが口々に言いつのると、

「いい考え」
 足立くんのとなりに綺麗な金髪が並んだ。

「俺ら、今長いテストの後でうんざりなんだ。良い運動になりそう」
 ぱき、と拳を鳴らして、千住くんが言った。

 女子たちは本気の三人を前にたじろいだ。本気で喧嘩を始めかねない前の二人と、笑みを崩さない八王子くんとを見て、麗華先輩は舌打ちをした。

「……いい家臣を持った事ね、一年の【姫】。あとで泣く羽目になってもしらないから」

 女子たちはぞろぞろと列を成して去って行った。わたしはほっとして、膝から力が抜けてしまった。足立くんが抱き留めてくれなければ、そのまま崩れ落ちていたかもしれない。

「こ、こわかった……」

「大丈夫か、姫」
 足立くんが言う。わたしは彼をにらむ。

「姫って呼ばないで。わたしには有朱って名前があるの」
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