ヤンキー高校のアリス
「ぼ、僕らの姫……?」
とんでもない呼び名にわたしがふらふらしていると、足立くんが言い返した。
「ありすとオレの会話はオマエには関係ないだろ!」
「不可侵条約だよ、足立ルイス。姫は僕らの姫だけど誰のものでもないんだ」
「待って、そもそも誰のものとかそういう話じゃないでしょ……?」
わたしが突っ込むと、八王子くんは手をひらひらと振った。
「いや、そういう話になるんだよ。【クイーンオブハート】の麗華と【騎士団】のトップは恋人同士だ」
「へ、へえ……」
「必然、僕たち三人と姫の関係も邪推されるわけだよ。一年の【姫】と呼ばれるあの子は誰の女なのかってね」
わたしの頬はかっと熱くなった。
「そんなの……そんなのってなくない?」
「ある。だからこその不可侵条約だ。僕らは誰も姫には触れない。だけど、団結して姫を守る。そういうこと。抜け駆けは禁止だ……もっとも、姫がみずから、誰かを選びたいっていうんなら話は別だけど」
「内政はお手の物ってか。南中でのオマエの二つ名が【宰相】だった理由、やっとわかったぜ。ぐちぐちぐちぐち、オカンかよ」
足立くんがうんざりしたように言った。
「オマエのそういうとこ、オレ苦手だわ」
「僕も馬鹿正直にそう言っちゃう君のそういうところ好きじゃないな」
イケメンヤンキーの間でバチバチ散っている火花を眺めていると、自分の巻き込まれた状況がいかに難しくてややこしいかがよく分かるような気がした。
何でこんなことになったんだっけ……。もはや記憶の彼方に追いやられた入学式の事を思い出して、わたしはため息をつく。まだ数日しか経ってないのに。
※ ※ ※
ヤンキー三人に見張られているわたしだけれど、唯一その過保護な護衛から解放されるのが部活の時間だった。
「ヤンキー学園」というだけあって、部活に入る生徒の方が少なくて、部活に入ると言ったら先生にびっくりされたけれど、わたしはどうしても部活に入りたかった。
だって、学生生活といえば部活でしょ!
わたしは美術部を選んだ。中学と同じ美術部だ。
実を言うと、賞も取ったことがある。
美術部の生徒は三人だ。女の子が一人と男子生徒が一人。そしてわたし。
「渋谷あずきです。二年生で、部長をやっています」
真面目そうで大人しそうなあずき先輩。そしてわたしと同学年の――。
「千代田秀作です……」
少し暗めの男子。千代田くんだ。
「これまでは一人だったけれど、部員がふたりも増えて嬉しいです」
あずき先輩は穏やかに笑って、嬉しそうに手を合わせた。
「清音の美術部は小さいですが、コンクールでは優秀な成績も残しています。しっかり活動する部活なので、安心してください。……多少、問題はありますけど、慣れれば問題はありません」
「はい!」
八王子くんの言葉を鵜呑みにするのであれば、女子であるあずき先輩は【クイーンオブハート】の一員なのだけど、話してみた感じ、そんなふうは全くない。
「守野有朱さん。これからよろしくお願いしますね」
むしろ好印象!
「よろしくお願いします! あずき先輩!」
「やたら上機嫌だけど、どうしたの、おひい」
「なんでもないよ?」
鼻歌とスキップ。少し後ろからついてくる千住くん。
「部活、そんなに楽しかった?」
「えっ、なんでわかるの?」
「見てればわかるよ」
千住くんはやっぱり飴を舐めながら、ぼそぼそと言った。
「でも、注意しなよおひい。この学園に平和な場所なんかない」
「そ、そうかなぁ……?」
美術室は平和そのものだったけど。
「思ってるより清音は危険だよ。注意して」
千住くんは静かに飴をなめた。