ヤンキー高校のアリス
千住くんの言葉の意味をなんとなく理解できたのは、その翌日のこと。

授業を終え、あらゆる意味でおっくうな掃除の時間を終えて、うきうきと美術室に向かったわたしが見たのは、学ランの黒と派手な髪色の組み合わせ。

 見たことがある。【chess】だ。入学式の時に暴れ回っていた二年生だ。そんな彼らが、美術室の前の入り口にたむろして、誰かに話しかけている。

「真面目だなぁアズちゃん。今日も部活?」
「ねえ俺らの相手してよー、アズちゃんいないと寂しいんだけど」
「部活中は絡まないって約束だったでしょう。まったく、あなたたちって」

 あずき先輩はつかつかと美術室から出てきて、

「本当に寂しがり屋さんなんですから」

 一人の頬にさりげなくキスをした。

 大きな声、出そうになった。わたしは口を塞いでさっと物陰に隠れて、会話の続きを聞いた。

「良い子にしてください。わたしの【chess】。一年生の【姫】を始末するのはずっと先です」

 始末!?



 また大きな声が出かけた。すると、そこへ――

「始末だなんて人聞きの悪いことを言わないでくださいよ、二年生の【姫】」
 颯爽と登場する、八王子くん。

「僕らの【姫】が一体何したって言うんですか。問題があれば喧嘩を売った足立ルイスの方まで。【姫】は全く無関係です」

「【宰相】八王子縞。……よくここが分かりましたね」

「有名ですよ、渋谷あずき先輩。麗華が去れば、あなたが次の【女王】ですから」

「麗華さまが去るなんて、そんなことはあり得ません」

「この世にあり得ないことなどありませんよ」


 八王子くんはそうして、物陰に隠れていたわたしの手をひっつかんだ。というか、手を繋いだ。せっかく隠れていたのに、表に引き出されてしまう。

「わわっ!」

「僕は、僕の【姫】を守るためなら『何でもします』よ。どんな手でも使います」

「裏方の貴方がこうして出てくるくらいですから、よほど一年の【姫】は貴方に愛されているんですね。……素敵な関係」

 あずき先輩は昨日と全く同じ笑みを浮かべて私達を見比べた。

「ということは、一年の【姫】は、貴方の女なの? 八王子縞」

「とんでもない。僕らは【姫】の従順なしもべであり、手足である。それだけですよ」

 握り合った手は乾いていた。緊張で手汗を掻いているわたしは、あせる。

「八王子くん、ちょっと……!」
 手汗も恥ずかしいけど、手を繋いでこうして立ってるのも恥ずかしい。顔が熱くなる。


「どうあれ」とあずき先輩は【chess】をはべらせて言った。「私は芸術を愛していますし、自分の絵も愛しています。ですから、同輩のことは快く受け入れましょう。美術部にいる間だけは、『この子たち』の手が及ばないように配慮します」

「ありがたい。感謝します、二年の【姫】」
「えっ」
 置いてけぼりのわたしは八王子くんの顔を見た。八王子くんはわたしをみおろして、うんと頷いた。

「部活オッケーだってよ、姫。あと、Dクラスの千代田」

 気づいたら物陰から千代田くんがこっちを覗いていた。いつから見ていたんだろう。

「二年の【姫】は芸術を愛する。だから芸術を愛するもの同士としてなら仲良くしてくれるそうだよ。よかったね」

 八王子くんは握った手をさらに強く握りしめた。まるで恋人みたいに。



「これで部活中も安心かな?」
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