ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※

「――って、八王子くんがぐいぐい話を進めていっちゃったわけ」

 帰りの担当の千住くんは、わたしのいい話し相手になってくれた。
 今日あったこと、とりとめのないこと、小さな悩みや大きな出来事まで。
 千住くんは何も言わずに聞いてくれるから、本当に助かる。

 わたしが家に帰りたくないことも、早い段階で打ち明けてしまった。千住くんは、口が堅そうだし――なによりわたしは、彼のことを信頼している。

 家に帰ったら、ぜんぶぜんぶ封じなきゃならない。お義父さんはああ言っていたけど、お義父さんのことをそこまで信用しきれないのが、わたしという義娘(むすめ)だった。だから、吐き出すみたいに話した。今日の不安も、明日への希望も。


「八王子は」いつも欠かせないキャンディをなめながら、千住くんはいう。「何を考えてるか分かんないからあんまり好きじゃない」

「そうなの? ……それより千住くんて、好きじゃないもの結構多いね」



 千住白兎くんが苦手なもの――女のひと。

 最初にそう言われたとき、わたしはびっくりしてしまった。

『じゃあ、わたしのことも苦手?』
『キミのことは嫌いじゃない』

 苦手だとか嫌いとかじゃなくてよかった。でも『キミのことは』って前置きが入るあたり、やっぱり女の人全般が苦手なんだろう。

「そうだよ。俺は結構好き嫌い激しい。嫌いなものは嫌い。殺したくなるくらい」

「あはは。千住くんがわたしのこと嫌いじゃなくてよかったな」

 心の底から言ったとき、千住くんは綺麗な目を見開いて、立ち止まってしまった。

「え? どうしたの」

「いや、何も――いや、……おひいさ」

 長い金髪を弄りながら、千住くんはそっと目をそらした。

「……たらし」

「えっ?」

「ひとたらしって言われない?」

「んー、言われたことはないかなー……?」


 わたしは真っ向から千住くんを見つめた。

「どうしたの、千住くん。さっきからちょっと変だよ」

「うん。俺、今変だ」

 目元を手でかくして、千住くんは飴をかみ砕く。いつもなら味わうように舐めるのに。

「もう少し……」

「え?」

「家に帰りたくないの、おひいだけじゃない……から」

 千住くんは目を覆っていた手をどけた。そこに、見たことないくらい寂しい顔をした男の子が立っていた。彼はわたしの制服の袖を、そっと引っ張った。

「今日、もう少し、いっしょにいて」

 美少年くんこと千住くんにそんなことを言われると、さすがのわたしもどきどきしてしまう。今にも消え入りそうな儚い美少年は、わたしの手にそっと触れた。

「帰んないで」

「え、ええと……いいけど……、門限六時だから……」

 黙ったままの綺麗な顔を見つめることもできず、わたしはローファーの先を見つめた。この状況、傍目から見たらどんな風に見えてるかまでは気が回らない。そのとき、確かにそこに居たのは、千住くんとわたしだけ。



ふたりきりだった。



「……ごめん、今のなし」
「へ?」

 わたしが顔をあげると、千住くんはもとのクールでちょっとダウナーな男子に戻っていた。あの寂しい目の男の子はどこにも居なかった。

「俺、ちょっと変なだけ。おひいは何も気にしないで」
「大丈夫?」

 さっきの言葉、『家に帰りたくないのはわたしだけじゃない』という言葉が嘘だとは思えなかったから、わたしは先へ先へと進んでいく千住くんの背中に問いかけた。
だけど、

「行くよ、おひい。嫌かもしれないけど、俺の役目だし」

 結局、最後まで、

『大丈夫?』 に答える声は返ってこなかった。

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