ヤンキー高校のアリス

※ ※ ※

 千住くんの事も心配だったけれど。

「部活の時間だ!」

 部活の時間になると、普通にはしゃいでしまう。
 八王子くんとあずき先輩の言葉の通り、美術部にいる時間だけは開放的で心地よかった。
 きまってクロッキー練習から始まり、制作に入る。それぞれの作品制作に入ると、おだやかでゆったりした時間が流れていく。

 何より意外だったのは、二年生の【姫】だというあずき先輩が思った以上にフレンドリーだったこと。

「ありすさんは、漫画とか読みますか?」
「読みます! ジャ○プとか単行本派ですけど、気になる少女漫画は毎月買っちゃいますね」
「ジャ○プ単行本派。私も同じです。千代田くんは雑誌派らしいので、ここで徒党を組みましょう。ジャ○プネタバレ対策本部です」
「ええ、そんな! ぼくだけのけ者ですか!?」

 意外と、平和でゆるやかだ。問題と言えば、たまに【chess】の何人かがあずきさんを求めてここにやってくることだったけれど、部活中のあずきさんはぴしゃりと彼らを追い返した。

「すごいですね」

とわたしが言うと。

「わたしが二年の【姫】と呼ばれるのには理由があるんです。あの子たちを手なずけることが【姫】の条件ですから」

 あずき先輩は上品に笑った。
 
【姫】の道は思いのほか複雑で険しそうだ。
 

 美術室そのものがあずきさんの支配領域で、そのあずきさんを守っているのが【chess】だからか、噂に聞く【騎士団】からの干渉はないし、もちろん【クイーンオブハート】からの音沙汰もない。とても過ごしやすい。

「ところで、【参謀】とは上手くやっているようですね」
「さんぼう……ええと、八王子くんのことですか?」

 作業をしていた千代田くんが顔をあげた。

「【参謀】を背後につけられるということはそれなりですから」
「お知り合いですか?」
「南中の後輩です」

 なるほど。知り合いだったのか。

「【狂犬】と【皇子】が今は仲いいってほんと?」
 隣から千代田くんがおずおずと聞いてくる。珍しい。女子同士で話しているところへ、彼が割り込んでくるなんて、めったにないことだ。

「東中では対立してたんだよ、あのふたり」
「そうなの? 全然そうは見えない」
「そう。【狂犬】がヤンキーをまとめあげて、【皇子】は反【狂犬】派をまとめてさ。本当にすごい抗争だったんだよ。ぼくはどっちつかずだったけど……」

 わたしはふたりの顔を思い描いた。
 ふたりとも全然そうは見えない。むしろ仲良しだ。

「プロレス技掛け合ってるくらいだから、てっきり友達以上親友未満くらいだと思ってた」

「おい!仲いいな!」

 千代田くんのツッコミももっともだ。

「千住くんは足立くんのこと『嫌いじゃない』って言ってたし。それに足立くんは竹を割ったみたいな性格だから――」


 千代田くんは口をあんぐりあけた。


「『嫌いじゃない』ってそれ、好きってこと?」
「え?」

「【皇子】は好きって言わなかったんだよ。その代わり、『嫌いじゃない』っていうんだ。マジかよ」
「は……?」

『キミのことは嫌いじゃない』

 わたしの心臓がドッドッと脈打ち始める横で、千代田くんが叫んだ。

「あずきさん! どっちが攻めだと思います?」
「足立ルイスですね」
 あずきさんが即答する。わけがわからないなりにわたしは頷いた。
「う、うん……?」

 すると千代田くんが作品を放り出して猛然と何かを描き始めた。

 わたしはわたしなりに、この前の千住くんのことについて考えていた。
 いやまさか。まさかね。勘違いでしょう。思い上がってはいけません。

 こんなわたしを大事にしてくれるのは、死んでしまったお父さんだけなんだから。


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