ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※
放課後。部活を休むと連絡するのもそこそこに、わたしは三人と待ち合わせたCクラスの前まで走りに走った。
ぜえはあ息切れしていると、のんびりやってきた千住くんが、飴を頬張りながらもぐもぐ言った。
「キミたち早くない? 足立だってまだ来てないじゃん」
「Aクラスはホームルームが終わるのが早かったからね」と八王子くん。
「このぶんだと『先輩方』が来る前に集合できそうだ。……けど、肝心の足立ルイスは瞑想中」
「めいそう?」
わたしがCクラスをのぞき込むと、興味津々なヤンキーたちの視線が勢いよく突き刺さってきた。わたしは足立くんを見つけられないまま慌てて廊下へ引っ込み、後ろ頭を思い切り千住くんにぶつけてしまった。
「あっ! ごめん!」
「足立ー。まだー?」
でも千住くんはわたしを抱き込むように戸に手をかけて、首をことんとかしげた。
「売られた喧嘩買いにいくんだろ」
「――もちろん」
足立くんが腕まくりをしながらこちらへ歩いてくる。
「オレは負けねえよ」
「俺らは、の間違いな」
千住くんは拳を伸ばし、足立くんのそれとぶつけた。
それを間近で見てるわたし、謎の感動。
これが男の友情……? なんか……アツい。
「おい東中コンビ。そろそろ行くよ」
背後から冷や水のような八王子くんの声が聞こえてきて、わたしたちははたと我に返った。足立くんが間近で、
「ありすは見てるだけだ。絶対手出すなよ」
わたしの目をじっと見つめた。今朝みたいに。
わたしは、静かに頷いた。
体育館裏にはすでに【騎士団】とおぼしき生徒たちが集まっていた。
「遅えから、逃げたのかと思ったぜ」
あの放送の声の主が言う。その隣に【クイーンオブハート】の麗華先輩が立っていた。
「来たね、一年の【姫】。ありす……だっけ?」
長い巻き髪を弄りながら、彼女はあざ笑う。
「あんたのかわいい腰巾着たちが半殺しにされるのをせいぜい眺めてればいい」
わたしは彼女の目をじっと見つめ返した。動じない【女王】。わたしが負けていられない。
「……みんなは、負けません」
「そう。まあ、やってみればわかることね。……条件は、『勝利した方が相手の【姫】を好きにできる』。これでいいでしょ」
わたしの胃のあたりがすっと冷えた。「好きにできる」?
なにそれ。聞いてない。
「――しかし、何から何まできったねえ喧嘩だなぁおい」
沈黙を破ったのは足立くんだ。
「オレの姫の操なんか賭けらんねえよ。女王さんのはどうだかしらねーが」
「同感」と千住くん。飴をかみ砕く音が聞こえてくる。「気持ち悪い喧嘩の仕方だ」
八王子くんは黙っている。黙って学ランを風になびかせている。
「じゃあ負けを認めるか? 足立、千住、そして八王子。一年の【姫】。負けない代わりに尻尾巻いて逃げ帰ったことが伝説になるぜ。腰抜け」
「いや」
足立くんが手に拳を打ち付けた。鋭い音が体育館裏にこだました。
「勝てば良いんだろ?」
「そう、シンプル。勝てば良いだけ」
そこでようやく、八王子くんが口を開いた。
「先輩方、――ひょっとして、死にたい?」
酷く冷たい声。
八王子くんのその台詞が、号砲となった。
叫び声を上げながらかかってくる十数名をたった三人で迎え撃つ。
場合によっては集団リンチだ。だけど。
三人は【騎士団】や、麗華先輩が思っている以上に強かった。
「八王子! 目は潰すな!」
千住くんが相手をいなしながら叫ぶ。
「そこまでしなくていい! 加害者になるな! 馬鹿!」
「千住、うしろ!」
足立くんの声が届き、間一髪で千住くんは相手の蹴りを避ける。そしてそのままその首に手刀を振り下ろした。相手が崩れ落ちる。足立くんは続けて叫んだ。
「八王子! 八王子! 落ち着け! 八王子!」
八王子くんは――喧嘩が始まる前から、何かに怒り狂っていた。騎士団のほとんどを乱暴に倒してしまったのは八王子くんだった。あまりの凶暴さに何人かが逃げ出したけれど、八王子くんはそれを追いかけて引きずり倒し、馬乗りになって殴った。
ダメだ。このままじゃ。
このままじゃ八王子くんは、人を殺してしまう!
「八王子くん、もういい、もういいよ、もうやめよう!」
わたしは八王子くんの腕を抱きしめて首を横に振りたくった。彼の拳は血まみれだった。わたしは泣きそうになりながら、八王子くんの胴にしがみついた。
「もう勝負はついたよ、ついたから、もういいんだよ、もう……」
「ひめ」
八王子くんは血まみれの手でわたしの頬を包んだ。
「僕の姫。無事?」
「無事、無事だから、もう……」
「よかった」
おでこが。八王子くんのおでこが、わたしの肩に乗っかった。血まみれの手が回されて、きつく抱きすくめられる。
「よかった」
そう繰り返してばかりの八王子くんを、足立くんと千住くんが見下ろしている。のしたままの先輩はとっくに気絶していたし、麗華先輩も逃げ去っていた。
残された私達は、騒ぎを聞きつけた先生たちに一人残らず捕まった。喧嘩に加わった三人は謹慎、そしてそれを見ていたわたしは反省文提出となった。
放課後。部活を休むと連絡するのもそこそこに、わたしは三人と待ち合わせたCクラスの前まで走りに走った。
ぜえはあ息切れしていると、のんびりやってきた千住くんが、飴を頬張りながらもぐもぐ言った。
「キミたち早くない? 足立だってまだ来てないじゃん」
「Aクラスはホームルームが終わるのが早かったからね」と八王子くん。
「このぶんだと『先輩方』が来る前に集合できそうだ。……けど、肝心の足立ルイスは瞑想中」
「めいそう?」
わたしがCクラスをのぞき込むと、興味津々なヤンキーたちの視線が勢いよく突き刺さってきた。わたしは足立くんを見つけられないまま慌てて廊下へ引っ込み、後ろ頭を思い切り千住くんにぶつけてしまった。
「あっ! ごめん!」
「足立ー。まだー?」
でも千住くんはわたしを抱き込むように戸に手をかけて、首をことんとかしげた。
「売られた喧嘩買いにいくんだろ」
「――もちろん」
足立くんが腕まくりをしながらこちらへ歩いてくる。
「オレは負けねえよ」
「俺らは、の間違いな」
千住くんは拳を伸ばし、足立くんのそれとぶつけた。
それを間近で見てるわたし、謎の感動。
これが男の友情……? なんか……アツい。
「おい東中コンビ。そろそろ行くよ」
背後から冷や水のような八王子くんの声が聞こえてきて、わたしたちははたと我に返った。足立くんが間近で、
「ありすは見てるだけだ。絶対手出すなよ」
わたしの目をじっと見つめた。今朝みたいに。
わたしは、静かに頷いた。
体育館裏にはすでに【騎士団】とおぼしき生徒たちが集まっていた。
「遅えから、逃げたのかと思ったぜ」
あの放送の声の主が言う。その隣に【クイーンオブハート】の麗華先輩が立っていた。
「来たね、一年の【姫】。ありす……だっけ?」
長い巻き髪を弄りながら、彼女はあざ笑う。
「あんたのかわいい腰巾着たちが半殺しにされるのをせいぜい眺めてればいい」
わたしは彼女の目をじっと見つめ返した。動じない【女王】。わたしが負けていられない。
「……みんなは、負けません」
「そう。まあ、やってみればわかることね。……条件は、『勝利した方が相手の【姫】を好きにできる』。これでいいでしょ」
わたしの胃のあたりがすっと冷えた。「好きにできる」?
なにそれ。聞いてない。
「――しかし、何から何まできったねえ喧嘩だなぁおい」
沈黙を破ったのは足立くんだ。
「オレの姫の操なんか賭けらんねえよ。女王さんのはどうだかしらねーが」
「同感」と千住くん。飴をかみ砕く音が聞こえてくる。「気持ち悪い喧嘩の仕方だ」
八王子くんは黙っている。黙って学ランを風になびかせている。
「じゃあ負けを認めるか? 足立、千住、そして八王子。一年の【姫】。負けない代わりに尻尾巻いて逃げ帰ったことが伝説になるぜ。腰抜け」
「いや」
足立くんが手に拳を打ち付けた。鋭い音が体育館裏にこだました。
「勝てば良いんだろ?」
「そう、シンプル。勝てば良いだけ」
そこでようやく、八王子くんが口を開いた。
「先輩方、――ひょっとして、死にたい?」
酷く冷たい声。
八王子くんのその台詞が、号砲となった。
叫び声を上げながらかかってくる十数名をたった三人で迎え撃つ。
場合によっては集団リンチだ。だけど。
三人は【騎士団】や、麗華先輩が思っている以上に強かった。
「八王子! 目は潰すな!」
千住くんが相手をいなしながら叫ぶ。
「そこまでしなくていい! 加害者になるな! 馬鹿!」
「千住、うしろ!」
足立くんの声が届き、間一髪で千住くんは相手の蹴りを避ける。そしてそのままその首に手刀を振り下ろした。相手が崩れ落ちる。足立くんは続けて叫んだ。
「八王子! 八王子! 落ち着け! 八王子!」
八王子くんは――喧嘩が始まる前から、何かに怒り狂っていた。騎士団のほとんどを乱暴に倒してしまったのは八王子くんだった。あまりの凶暴さに何人かが逃げ出したけれど、八王子くんはそれを追いかけて引きずり倒し、馬乗りになって殴った。
ダメだ。このままじゃ。
このままじゃ八王子くんは、人を殺してしまう!
「八王子くん、もういい、もういいよ、もうやめよう!」
わたしは八王子くんの腕を抱きしめて首を横に振りたくった。彼の拳は血まみれだった。わたしは泣きそうになりながら、八王子くんの胴にしがみついた。
「もう勝負はついたよ、ついたから、もういいんだよ、もう……」
「ひめ」
八王子くんは血まみれの手でわたしの頬を包んだ。
「僕の姫。無事?」
「無事、無事だから、もう……」
「よかった」
おでこが。八王子くんのおでこが、わたしの肩に乗っかった。血まみれの手が回されて、きつく抱きすくめられる。
「よかった」
そう繰り返してばかりの八王子くんを、足立くんと千住くんが見下ろしている。のしたままの先輩はとっくに気絶していたし、麗華先輩も逃げ去っていた。
残された私達は、騒ぎを聞きつけた先生たちに一人残らず捕まった。喧嘩に加わった三人は謹慎、そしてそれを見ていたわたしは反省文提出となった。