ヤンキー高校のアリス
テスト前期間が始まって数日間、わたしはふたりにありったけ勉強を教えた。
最初は数学の公式から。暗記教科を今から丸暗記するよりも簡単な計算問題を解けるようになることから始めた方が良いと思ったからだ。
「めんどい」と千住くんは言ったけど、言う割にすらすらと解いていくし、ミスも少ない。文字も流れるように綺麗だ。
「何が面倒くさいの?」
疑問に思って訊ねると、「文字を書くのが」と返ってきた。
「文字書くのめんどくさがってどうするんですか!」
「でた、おひい先生」
千住くんは口元をほころばせた。
「おひい先生の言うことならちゃんと聞く」
「……なら、勉強頑張ってください」
「めんどくさーい」
向かいに座っている彼の手が、シャーペンごと伸びてきて、わたしのシャーペンとかちんとふれあう。
「おひいが代わりに書いてくれるならいいよ」
「めんどくさがらないでください! テストの解答用紙を埋めるのは千住くんなんだから」
「ちっ。はーい」
テスト範囲の問題集に静かに取り組む千住くんのよこで、口から魂が出てきそうな足立くんがひとり。
「さいんこさいんたんじぇんと、さいんこさいんたんじぇんと」
「それだけ覚えてもダメだって、サインは――」
「うううううううあ! もうだめだ! 何も分からねえ」
「まって、あのページを開いて。ほら、付箋つけたところ」
わたしが足立くんの背後に回り込んで、彼の代わりに教科書のページを開いた。
「ここ読んで!」
「これ何のグラフ?」
「これは、ここに書いてあるとおり――」
わたしはしゃがみ込み、机の上に顔を近づけて教科書を指して読み上げた。教科書に目をぐっと近づけて、足立くんがわたしの指先をにらんでいる。
吐息が重なるほど近くに、足立くんがいる。
「ありす、あの」
「なに?」
「……あのさ」
わたしは足立くんの顔を見て、思わずびっくりしてしまった。思っていた以上に距離が詰まっていて、それなのに離れられなくて、至近距離で見つめ合ってしまっていて――。
「オレ、馬鹿だとかっこ悪いかな」
眉を下げる足立くん。
「ありすから見て、かっこわるいのはやだな」
「かっこわるくないよ」
わたしはまっすぐ目を見て伝えた。
「自分の芯を持ってるところも、朝おはようって言ってくれるときも……こうやって、苦手なとこ頑張る姿も、かっこいいよ」
「……ありす」
「そうやって悩んでるところはちょっとかわいいかも」
わたしが小さく笑うと、足立くんは「笑うなよ……」と頬を掻いた。
「かわいいなんて初めて言われ――いてぇっ!」
「はいそこ、いちゃいちゃしない」
わたしは顔をあげた――八王子くんが立っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「最近見ないなと思ったら、こんなところで勉強会?」
「オマエ! オレの頭にシャーペン突き刺すなよ!」
「流血してないからかすり傷だよ」
「八王子」
千住くんが集中モードから戻ってきた。
「どんな風の吹き回し?」
「風が吹いたからじゃなくて風が吹くように仕向けにきた」
そして最後にわたしを見つめた目は、やっぱり少し恐ろしかったけれど――。
「八王子くん?」
「ふたりの相手は姫一人じゃだめだ。一対一がいい。千住と姫が、馬鹿と僕が組む。そうしよう」
「オマエまで馬鹿言うな!」
「いや君は馬鹿だよ。これから馬鹿を『それなりの馬鹿』にする。赤点を回避できなくても、平均点くらいは取らせてあげるよ足立。感謝してよね」
穏やかな口調にとげはなく、殺気もなく。わたしがよく知っている、頼りになる、八王子縞くんだった。
最初は数学の公式から。暗記教科を今から丸暗記するよりも簡単な計算問題を解けるようになることから始めた方が良いと思ったからだ。
「めんどい」と千住くんは言ったけど、言う割にすらすらと解いていくし、ミスも少ない。文字も流れるように綺麗だ。
「何が面倒くさいの?」
疑問に思って訊ねると、「文字を書くのが」と返ってきた。
「文字書くのめんどくさがってどうするんですか!」
「でた、おひい先生」
千住くんは口元をほころばせた。
「おひい先生の言うことならちゃんと聞く」
「……なら、勉強頑張ってください」
「めんどくさーい」
向かいに座っている彼の手が、シャーペンごと伸びてきて、わたしのシャーペンとかちんとふれあう。
「おひいが代わりに書いてくれるならいいよ」
「めんどくさがらないでください! テストの解答用紙を埋めるのは千住くんなんだから」
「ちっ。はーい」
テスト範囲の問題集に静かに取り組む千住くんのよこで、口から魂が出てきそうな足立くんがひとり。
「さいんこさいんたんじぇんと、さいんこさいんたんじぇんと」
「それだけ覚えてもダメだって、サインは――」
「うううううううあ! もうだめだ! 何も分からねえ」
「まって、あのページを開いて。ほら、付箋つけたところ」
わたしが足立くんの背後に回り込んで、彼の代わりに教科書のページを開いた。
「ここ読んで!」
「これ何のグラフ?」
「これは、ここに書いてあるとおり――」
わたしはしゃがみ込み、机の上に顔を近づけて教科書を指して読み上げた。教科書に目をぐっと近づけて、足立くんがわたしの指先をにらんでいる。
吐息が重なるほど近くに、足立くんがいる。
「ありす、あの」
「なに?」
「……あのさ」
わたしは足立くんの顔を見て、思わずびっくりしてしまった。思っていた以上に距離が詰まっていて、それなのに離れられなくて、至近距離で見つめ合ってしまっていて――。
「オレ、馬鹿だとかっこ悪いかな」
眉を下げる足立くん。
「ありすから見て、かっこわるいのはやだな」
「かっこわるくないよ」
わたしはまっすぐ目を見て伝えた。
「自分の芯を持ってるところも、朝おはようって言ってくれるときも……こうやって、苦手なとこ頑張る姿も、かっこいいよ」
「……ありす」
「そうやって悩んでるところはちょっとかわいいかも」
わたしが小さく笑うと、足立くんは「笑うなよ……」と頬を掻いた。
「かわいいなんて初めて言われ――いてぇっ!」
「はいそこ、いちゃいちゃしない」
わたしは顔をあげた――八王子くんが立っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「最近見ないなと思ったら、こんなところで勉強会?」
「オマエ! オレの頭にシャーペン突き刺すなよ!」
「流血してないからかすり傷だよ」
「八王子」
千住くんが集中モードから戻ってきた。
「どんな風の吹き回し?」
「風が吹いたからじゃなくて風が吹くように仕向けにきた」
そして最後にわたしを見つめた目は、やっぱり少し恐ろしかったけれど――。
「八王子くん?」
「ふたりの相手は姫一人じゃだめだ。一対一がいい。千住と姫が、馬鹿と僕が組む。そうしよう」
「オマエまで馬鹿言うな!」
「いや君は馬鹿だよ。これから馬鹿を『それなりの馬鹿』にする。赤点を回避できなくても、平均点くらいは取らせてあげるよ足立。感謝してよね」
穏やかな口調にとげはなく、殺気もなく。わたしがよく知っている、頼りになる、八王子縞くんだった。