ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※

 梅雨に入って、傘が欠かせなくなった。雨はわたしの鬱屈を呼び戻した。
「ありす、表情が暗いぞ」
 足立くんが隣で傘をくるくる回している。
「いや、……うん、まあ、そうかも」

『【彼】は危険だ。近寄らないほうがいい』

 お義父さんの言葉を丸呑みしたわけでは、ない。と思う。だけど、八王子くんが危険だってことを、手放しに否定できない自分もいて。
 危険。危険。……危険。危険なのかな。八王子くん……。
 だけど、わたしは、
 わたしは、信じていたい。

 校門の前で八王子くんが待っている。わたしはできる限り自然に微笑んだ。
「八王子くん、おはよう」
「……おはよう、姫」
 ビニール傘の下の八王子くんもまたあの柔らかい笑みを浮かべていたけれど、すこし、やっぱり少しだけ、前とは違ってしまっていた。

「八王子くん、あの、あのね」
「どうしたの、姫」

 ――お義父さんが言うには。八王子くんは、人を殺したことがあるんだという。酒の席で八王子専務がこぼした言葉、それによると。

「……本当のこというと、八王子くんのことがちょっとこわい」

「……うん」

「でも、それよりずっと、ずっとずっと、わたしは八王子くんを信じてるから」

 だってそうでしょう?
 今までしてもらったこと、守ってもらったこと、助けてもらったこと、全部が、嘘になったりしないから。
 
 八王子くんはあっけにとられたように目を見開いた。こぼれんばかりの瞳、そんな顔初めて見たから、わたしもびっくりしてしまう。

「っ……姫は、ほんとに……」
 手が伸ばされる。雨に打たれる指先。だけど、わたしの袖を引こうとした手は途中で引っ込んでしまった。


「――行こうか、Aクラスに」
「八王子」

 足立くんが後ろから叫んだ。

「ありすのこと頼んだかんな」
「君は今日の授業寝るなよ、ちゃんとノートとるんだよ」
「うるせえ!おかんか!」
「はは」

 こころなしか、声が弾んでいる。

 八王子くんは前のように穏やかな笑みを浮かべて、わたしを(いざな)った。

「八王子くん?」

「大丈夫。……信じてもらったから」

 伸ばされた手に自然と手が伸びる。

 わたしは彼と手を繋ぐ。

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