ヤンキー高校のアリス ――アリスは誰を選ぶのか?――
 ああ、嫌になっちゃうな。
 家に近づけば近づくほどに憂鬱になる。鬱屈、という言葉をあめ玉みたいに何度も転がして、それにも飽きた頃。

 暗い路地裏から物音がしたのはそのときだった。ドンッ、と何か鈍い音がして。続けて、視界の隅で青いポリバケツのゴミ箱がばんっと跳ね上がった。飲食店の裏手に置いてあったゴミ箱がすごい勢いでわたしの目の前を飛んで行く。
「わっ!?」
 ぶちまけられるありとあらゆるゴミ屑――生ゴミから漂う腐臭に、顔をしかめるよりさきに、驚いてバランスを崩してしまう。尻餅をついて、呆然。
「なに!?」

「――ってめえふざけんじゃねえぞオラァ!」
 わたしの声に応えるように、というか答えたのかどうか分からないけど――、ゴミ箱が吹っ飛んできたあたりから男の子の怒声がとどろいた。

「オレのことなめてんのか? あ?」

 喉に言葉が張り付いて出てこない。なんだこれ。なにこれ。何が起こってるの、これ。

「見られたじゃねえかよ!! クソが」

 パン、と土埃を払う仕草をみせて人影はゆらりと立ち上がる。黒髪。頬の絆創膏。そして耳にたくさん開いてるピアス。彼は汚れた服を何度も払いながら、こちらを冷たい目で見下ろした。

「オマエはとっとと行け! ヤンキーの喧嘩なんか見てんじゃねえよ!」
「ひっ」

 わたしは兎のように跳ね上がって、ばねのように立ち上がり、そして後ろも見ずに走り出した。男の子の怒声が耳にこびりついていた。
「やばい、やばいの見ちゃったかも……!」
 あれってなんだろう。抗争? タイマン? よくわからないけど、関わっちゃいけないタイプの人たちだ……! 

 わたしはあんなに嫌だった帰り道をびゅんと飛ばして、家に帰って、お義父さんになあなあに挨拶して、気づいたらベッドの上に制服のまま座ってた。





「有朱! またあんた門限破ったでしょ!」
 
 お母さんの声が聞こえてくる。だけどわたしはまだ、あの生臭い匂いの中に居るような気がして。

「うちに門限がある理由が分かる? ただでさえこのあたりは不良が多くて治安悪いんだから、娘を心配する親の気持ちもわかってよね!」
「……う、うん」

 ちらつくのはあの冷たいまなざし。どこかで。
 ……どこでだっけ?
 忘れちゃった。

「聞いてるの!?」
「聞いてる!」
ドア越しの会話がめんどうくさくなって、わたしはドアを開け、お母さんにいつも通り謝り――それからまた部屋に閉じこもった。



考えるのは、明日のこと。卒業式のこと。それから、新しく通うことになる高校のこと。

私立清音(せいおん)学園。

家から一番近いから、選んだ高校――。



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