ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※



 夏は過ぎていく。
 毎日、千住くんに勉強を教えながら、一日、また一日と日を数えていく。お盆の中日、地域の夏祭り。るいくんに誘われた夏祭りが近づいてくる。

「浮き足立ってる」

「へ?」

「おひい、楽しそう」

 長い髪をポニーテールに結った千住くんが、シャープペンをかちんとぶつけてきた。

「何か楽しいことあるの」
「あー、ええと」
「足立とデート?」
「あ、あはは、なんていうか、その、ええと、……そうです」

「やっぱりね」
 
 千住くんは飴を口に含んだ。
「おひいにもあげる。ソーダ味」
「ありがと……」

 千住くんは特に変わった様子を見せない。前と全く同じだ。
 振ってしまった手前、気まずくなると思ったのだけど、彼に限ってはそんなことないみたい。

 問題は、水族館に一緒に出かけた八王子くんだ。一瞬でテンションががた落ちしてしまった八王子くんは、その後一言もしゃべれなくなってしまっていた。申し訳なくて、何も買わずにそそくさと帰ってきてしまった。あれ以来連絡はない。

「ところでさ、おひい」
 あめ玉を転がしながら、千住くんが問う。
「なに?」
 どこか分からない場所でもあったろうかと問題集に目を滑らせると、千住くんが足を組み替えた。

「八王子のこと振った?」
「へぶっ」

図星。

「なるほど、合ってた。カマってこうやってかけるんだ」
 ひとりで何かをつかんでいる千住くんをよそに、机に突っ伏したわたしはよろよろ起き上がる。

「な、なんでそんなこときくの?」
「いや、八王子縞が荒れて、女っていう女を食ってるって言う噂が流れてきて」
「な……」
「噂だけどね。まあ十中八九ほんとだろうな」

 千住くんは天然水のボトルを傾け、水を飲んだ。
 上下する白いのどぼとけ。 
 洗練されたような仕草で口を拭うと、続ける。

「あいつ見境ないんだよ。暴力もせーよくも。中学の時にはどーてー切ってたって話だし」
「……なんか、悪いことしちゃったかな……」
 わたしが今更ながら後悔していると、千住くんが腕を伸ばして、わたしの頭をぽんとたたいた。
「いいんだ。おひいは幸せになる」
 なんと言って良いかわからず彼を見つめ返すと、甘い顔をした千住くんは微笑んで、言った。
「世界一幸せな女になってくれなかったら、攫いにいくからね」
「……大丈夫だよ。ありがと」

 わたしは、るいくんが好き。

 シャープペンの動きは止めずに、確信とともに方程式を解ききる。

わたしは、るいくんのことが好き。

「合ってた……よし」
 大きく赤ペンで丸をする。

 夏祭りは明後日だ。
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