ヤンキー高校のアリス
「いいかな? これでいいかな?」
「良いんじゃない? さっきからずっとそればっかり言って……ああ、よしよし」
浴衣を着せつけてくれたお母さんは、弟が泣いているほうへ連れて行かれてしまった。わたしは浴衣を着た自分を姿見で何度も確認して、髪の具合とか髪飾りが上手く挿さっているかを確認する。
「すごくきれいだよ……って、僕の言葉はいらないか」
「ありがとうございます、そんなことないですよ、お義父さん」
お義父さんはわたしを眺めて柔和に笑った。
「楽しんで行っておいで。悪い狼に食べられないようにね」
「……はい!」
「ありす!」
家の前で待ち受けていたるいくんは、和柄の甚兵衛を着て草履を履いていた。これが意外にも似合っている。
「あ、……どうも。ご無沙汰してます。足立ルイスです」
「まあ、るいくん!? まあまあまあ、大きくなって、イケメンになって……!」
わたしのデート相手を一目見ようと出てきたお母さんは思いがけない再会に目を丸くしていた。腕に抱かれた弟はきょとんとしている。
「あ、ご出産おめでとうございます。有朱さんから聞いてます。ほんとに、おめ――」
「ありがとう! やだ、るいくんに会えるなんて思ってなかったから涙出てきちゃった」
お母さんは前のめりになって、片手でるいくんの手を握った。それはもう、強く強く握った。
「あの、お母さん……?」
「ありがとうね、るいくん」
お母さんは涙ぐみながら、鼻をすすりながら、るいくんの手を揺すった。
「有朱をよろしくお願いします」
「はい、お預かりします!」
るいくんは笑顔で言った。わたしが、おもわず、照れてしまうような言葉を。
「ありす、あのさ」
「なに?」
「すごく、かわいいな」
「ふふ、ありがと」
大きな牡丹柄の紺色の浴衣は、思い切っておねだりして買ってもらったものだ。
「おとなっぽいって言うか、雰囲気違って、どきどきする」
「そ、そうかな……?」
「うん」
るいくんは手を伸ばして、わたしの手首をつかみ、それから甚兵衛のあわせの、隙間に差し入れた。背伸びしたネイルの指先が、彼の肌に直に触れる。
ぞく、とした、怖気に似た感覚が足下から這い上がってくる。だけど不思議とこわくはなくて、どちらかといえば、ひみつの箱の蓋を開けるときのような背徳感がまさった。
「心臓、飛び出しそう」
いたずらっぽく笑う彼の目に魅せられる。わたしは吸い寄せられるようにるいくんの隣に立って、脈打つ心臓の音を聞くみたいに顔をよせた。
「ありす……?」
「わたしも」
顔が真っ赤なのがわかる。でもいいや。好きなんだもの。
「心臓、どこか行っちゃいそう」