ヤンキー高校のアリス
抱き合うみたいな格好になって――しばらくして、るいくんが先に我に返った。
「あ、あああああありす! あのだな! 夏祭りにだな!」
「う、う、うん、そうだね!」
 わたしも我に返る。
 わたしたち、なにしちゃってるんだろうね? 夏に浮かれちゃってるのかな。

「るいくんは夏休みなにしてた?」
「あー、カブトムシを捕りに」
「カブトムシ!?」
「そう、じいちゃんの裏山にさー」

 そういえばるいくんは昔から虫が好きだったっけ。

「宿題は終わってる?」
「う……全然手つけてない」
「最近千住くんと勉強会してるの、一緒にどう?」
「あー……」

 るいくんは頭を掻くと、わたしの手を握った。

「他の男の話、今はあんまり聞きたくないなーって……」
 その眼光にどきっとする。
 ときどきるいくんは、びっくりするくらい、男の人の眼をする。
「……わかった。別の話にしようか」

 わたしは、お義父さんやお母さんや弟の話をした。るいくんは飼ってるカブトムシの話をした。そんなふうに話しながら歩いていると、ようやく、七歳の頃の記憶がよみがえってくる。

「るいくんさ。昔、たくさん『いたいのとんでけ』ってしてくれたよね」
「ん? そうだっけ? オレはありすが『泣かないで』ってしてくれたことしか覚えてねえな」
「え、何それ」
「ほら、七歳の時に、オレの両親死んだじゃん」

 るいくんはわたしの手をにぎったまま、空を仰いだ。

「葬式のあとで涙止まんねえオレを抱きしめて、泣かないで、泣かないで、いたいのいたいのとんでいけって。やってくれたじゃん。ありす」
「ああ……」
 そういえば、そんなこともあったような気がする。
「あのときは必死だったの。だって、いつも慰めてくれるるいくんが泣いてるんだもの」
「……救われたよ、オレは」

 穏やかな目がわたしを見下ろす。

「あのときからありすがオレにとって特別になった」
 視線がかち合う。遠くに祭り囃子が聞こえる。人びとの喧噪はまだ遠い。
「ありす、あのさ」
 握り合った手が互いの汗で滑っても、手を離そうとは思わない。
「ずっと前から、好きでした。ありすのことだけ、ずっと考えてました。その……」
 どれだけ祭り囃子が呼ぼうとも、この場から動こうとは思わない。
「バカで、アホで、喧嘩しか能がないけど、その、オレ……」
 そのひとみから、目がそらせない。
「オレと、つきあってくれませんか!」

 つなぎ合った指が、絡まっている。ほどけないくらい固く。

「るいくん、わたしもるいくんが好き」
 心臓の音、聞こえてるんじゃないかな。それくらい近くで、ささやく。
「わたしを、るいくんの彼女にしてくれますか」

 るいくんは目を見開いて、それからわたしを抱きしめた。

「あー! 幸せだー! ちくしょー!」
「ふふ」
「かおあちい! 祭り行こう、祭り!」

 るいくんが仕切り直してくれたおかげで、わたしたちは祭りの会場に向かうことができた。
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