ヤンキー高校のアリス
屋台の列は長く、人の気配は絶えない。夏らしく着飾った家族連れ、ラフな格好の大人たち、おいしい匂いで満ち満ちている。もちろん、カップルも沢山――。
カップル。
ぼふ、と爆発しそうになる頭を抱えて、るいくんをチラリと見る。カップルになったばかりのわたしたち、周りからどう見えてるんだろう。
やっぱり、カップルに見えるのかな。
「なんか食べようぜ、腹減った。ありすは何食べたい?」
「えと、うーん、お好み焼きとか? 焼きそばとかもあるよ」
「どっちも美味そう! ……じゃなくて、ありすが食べたいのだよ、なんかあるか? 買ってくるよ、オレ」
「え、いいよ、一緒に並ぼう?」
「いいって! こういうときのためにってじいちゃんに小遣いもらってんだ。今使わないでいつ使うんだよ!」
そういえばるいくんのおじいさん、見たことない気がする。
「じゃあ……牛串?」
「牛串な、オッケー! そこで待っててくれよ」
「うん」
わたしは大人しく、るいくんの帰りを待つことにする。人混みに紛れていくるいくんの背中を見て、わたしはるいくんと過ごした昔の事を思い出そうとする。でも。
『おじょうちゃん』
――やっぱり「あの人」が邪魔をする。
るいくんとの思い出に蓋をしている「あの人」は、今はどこに居るんだろう。
考えれば考えるほど具合が悪くなる事に気づいて、わたしはもう考えるのをやめることにした。
「未来のことだけ見てようっと……」
そのときだった。
「ひとり?」
いつから隣に居たんだろう。軽薄そうな、ヤンキーのような、外見の派手な人たちが三人並んでわたしを取り囲んでいた。
「かわいいねお姉さん。ここ騒がしいし、抜け出そうか?」
「えっあの! いいです! 間に合ってるので!」
「あ、ひょっとして友達待ってる? いいじゃんいいじゃん、その子も紹介してよ」
「ち、ちがくて!」
手首を引かれる。足がもつれる。倒れかかかる肩までつかまれて、わたしはぎょっとした。
『おじょうちゃぁん』
「ひっ」
「あ、引いちゃった? ごめんごめん。優しくするからさ、許して?」
嫌だ。
いやだ。いやだ、助けて。
助けて、誰でもいい、誰でもいいから。
『おじさんを救ってくれよお』
眼を見開いたまま固まったわたしを庇う手がある。
「悪いね、彼女は僕の連れなんだ」
赤い髪が視界に映り込む。わたしは息を呑んだ。
「は? 邪魔すんなクソガキ」
「痛い目見せんぞ」
「そういう君らは清音のOBかなにか? 僕が顔も名前も知らないから、ザコだろうけど。ああ、それともよそ者? 運が悪かったね――」
冷たい声がそう言って、拳を構えた。
「僕の【姫】に手を掛けたんだ。ここで引かないなら殺すよ」
――八王子くん!
「八王子くん、喧嘩は、喧嘩はダメ!」
「有朱は黙って、見てるだけでいい」
「ダメだよ!」
だって八王子くんは、人を殺せてしまう。きっとためらいなく。わたしのためだけに。