ヤンキー高校のアリス
――この前みたいに。ただひたすらに、ナイフのように。それしか知らない道具のように。殺意だけ秘めて、殴りにいってしまう。
「喧嘩はやめてください!」
だけど、向こうも引いてくれない。
「やんのかコラ!」
「いい気になってんじゃねえぞガキが!」
八王子くんが目を見開いた。
「っせーんだよザコ! 黙って死ね!」
「やめて……!」
そのときだった。
八王子くんの右頬にストレートが入った。斜めになった八王子くんは反射的に殴った相手を殴り返そうとするけれど、それを許す「彼」ではない。
「やめろって八王子」
拳を受け止めて、静かに千住くんが言った。
「騒ぎになると困るの、キミだろ」
「……もう困らないよ! 邪魔しないでくれる? 負け犬の【皇子】」
八王子くんの余裕のないあおりにも、千住くんはなびかない。
「俺はおひいが泣くとこ見たくないし、殴ってでも止める」
そこへ、
「何やってんだよお前ら」
「そっちこそ何やってんの、足立?」
八王子くんが投げやりに聞く。
「いや、ありすと祭りに来てたんだけど。喧嘩?」
この場においては緊張感のかけらもないるいくんだ。右手に牛串、左手に山盛りの焼きそば。流石に興がそがれたのか、男たちは舌打ちをしてつばを吐くと、人混みの中に去って行った。
「お前が有朱を置いていくから変な輩が湧いたんだよ」
「俺は輩を半殺しにしようとした八王子を殴って止めたとこ」
「は?あっぶねえなお前ら」
「「お前が言うな」」
八王子くんは血混じりのつばを吐き捨てた。
「……チッ。あいつら見失った」
「あいつら?」
わたしが訊ねると、八王子くんは笑って答える。
「うん、一緒に祭りを見に来たんだけど。どこに行ったかな」
「『一緒に寝るオトモダチ』? 本命のもとに走って行った男なんか見捨てて帰ったんじゃない」
八王子くんが千住くんの足を思い切り踏んだ。
「いた」
「さっきの一撃の御礼をしてもいいんだよ千住。黙ってろ」
わたしは数秒して、その「一緒に寝るオトモダチ」の意味を理解して、急に恥ずかしくなってきた。
千住くんはしらっとその言葉を口にする。
「まあ、セフレを持ちたい男の気持ち、よくわかんないし」
「だから黙れってんだろうが!」
一触即発の空気の中、そこへるいくんが割って入る。
「やめやめ。やめろ。牛串食え。肉食って大人しくなれ」
指の間に挟んだ三本の牛串のうち二本を二人に差し出すと、わたしにものこりの一本をくれた。
「ありがとう」
「ありすと食べるために買ったのになー。まいっか。殺し合い止める分と思えば」
ちまちま小さなくちで食べている千住くんと、どうやって食べるべきかと悩んでいる様子の八王子くんを見比べて、わたしはちょっと可笑しくなってしまう。
「オレには焼きそばがあるからいっか」
「るいくん、半分あげようか」
「え、いいのか? はんぶんこ……」
「いいよ。焼きそばもひとくちちょうだい」
八王子くんがふいとそっぽを向いた。千住くんがその服の裾をつまむ。
「邪魔しちゃ悪いから行くよ。八王子は俺が回収していくね」
「あ、……ごめん」
「気にしないで、楽しんでよ。おひいが楽しいと俺も楽しい」
「……うん」
八王子くんがそっぽを向いたまま、言った。
「有朱。その馬鹿が嫌になったらいつでも来ていいから。待ってる」
「その顔で言うことじゃないよね」
「うるさい千住。今日のお前うるさいぞ」
「あー、はいはい。じゃね」
腕を組んで去って行く背の高い二人を見送って、わたしは牛串を頬張った。
「るいくん」
焼きそばのパックと牛串を交換する。わたしはたずねる。
「間接キスとか気にする?」
「……気にする。好きな女と間接キスなんだぞ。……気にする」
気にする、と連呼しながら、足立くんは牛串を食べた。
「うま。これうま。ちくしょう、あいつらにやるんじゃなかった」
「焼きそばもおいしいね」
「お、おう」
るいくんはちょっと頬を赤らめながら、わたしの手元を見ていた。
「なあ、ありす。食べ終わったらさ、花火が綺麗に見えるとこに行かないか」
「綺麗にみえるとこ?」
「うん。穴場知ってるんだ。……いつかありすに見せようと思ってた」
「……そうなんだ。見たいな」
るいくんはわかった、とうなずき、わたしが残した焼きそばをぺろりと平らげた。
「るいくんはやっぱり男の子だね」
「……そういわれると、なんか複雑なんだけど」
「大丈夫、足立ルイスくんのかっこいいところは沢山知ってる」
「ほんとに?」
「ほんと」
わたしは勇気を出す。自分から彼の手を握る。
「行こう」
公園の裏山にはひとけがなく、確かに川岸で打ち上げられる花火をよく見渡せそうだった。
「町の夜景がよく見えるね」
「良い場所だろ?」
「花火も綺麗に見えそう」
おあつらえ向きにベンチが置いてある。わたしはそこへ座って、遠くを眺めた。
「清音を選ばなかったら、今日この景色を見ることはなかったんだろうな」
「……ありす」
「わたし、清音を選んでよかったよ」
るいくんが隣に座る。距離を詰める。
「オレは……ありすが来るなんて思ってもみなかったけどな」
「そうだよね。ヤンキーの登竜門だっけ?」
「そう。オレは、【あの人】みたいになるために清音にきた」
初耳だ。わたしは瞬きをした。
「【あの人】?」
「【雷光】。清音が輩出した伝説のヤンキー。……あの日、ありすを救ってくれたオレの恩人」
「【雷光】……?」
「あの人が来なかったら、ありすはどうなってたか分からない。近所の人が呼んだ警察より早く、オレの目の前でありすを助けて、それからオレに言ったんだ」
『強くなれ。誰よりも強くなりな、少年。守りたいものを守れるようになりな。清音に来れば、良い景色が見れるぜ』
「……そうだったんだ」
わたしを助けてくれた人。ヤンキーだったんだ。
「だからオレはヤンキーになるって決めた。あの人みたいになるために、【ヤンキー道】を目指した。弱きを助け強きをくじく、そんな、【雷光】みたいなヤンキーになるために」
「じゃあ最初からるいくんは、清音のトップになるために……」
「当たり前だろ?」
るいくんがわたしの手を強く握る。
「今度ありすを守るのは、オレだ」
「喧嘩はやめてください!」
だけど、向こうも引いてくれない。
「やんのかコラ!」
「いい気になってんじゃねえぞガキが!」
八王子くんが目を見開いた。
「っせーんだよザコ! 黙って死ね!」
「やめて……!」
そのときだった。
八王子くんの右頬にストレートが入った。斜めになった八王子くんは反射的に殴った相手を殴り返そうとするけれど、それを許す「彼」ではない。
「やめろって八王子」
拳を受け止めて、静かに千住くんが言った。
「騒ぎになると困るの、キミだろ」
「……もう困らないよ! 邪魔しないでくれる? 負け犬の【皇子】」
八王子くんの余裕のないあおりにも、千住くんはなびかない。
「俺はおひいが泣くとこ見たくないし、殴ってでも止める」
そこへ、
「何やってんだよお前ら」
「そっちこそ何やってんの、足立?」
八王子くんが投げやりに聞く。
「いや、ありすと祭りに来てたんだけど。喧嘩?」
この場においては緊張感のかけらもないるいくんだ。右手に牛串、左手に山盛りの焼きそば。流石に興がそがれたのか、男たちは舌打ちをしてつばを吐くと、人混みの中に去って行った。
「お前が有朱を置いていくから変な輩が湧いたんだよ」
「俺は輩を半殺しにしようとした八王子を殴って止めたとこ」
「は?あっぶねえなお前ら」
「「お前が言うな」」
八王子くんは血混じりのつばを吐き捨てた。
「……チッ。あいつら見失った」
「あいつら?」
わたしが訊ねると、八王子くんは笑って答える。
「うん、一緒に祭りを見に来たんだけど。どこに行ったかな」
「『一緒に寝るオトモダチ』? 本命のもとに走って行った男なんか見捨てて帰ったんじゃない」
八王子くんが千住くんの足を思い切り踏んだ。
「いた」
「さっきの一撃の御礼をしてもいいんだよ千住。黙ってろ」
わたしは数秒して、その「一緒に寝るオトモダチ」の意味を理解して、急に恥ずかしくなってきた。
千住くんはしらっとその言葉を口にする。
「まあ、セフレを持ちたい男の気持ち、よくわかんないし」
「だから黙れってんだろうが!」
一触即発の空気の中、そこへるいくんが割って入る。
「やめやめ。やめろ。牛串食え。肉食って大人しくなれ」
指の間に挟んだ三本の牛串のうち二本を二人に差し出すと、わたしにものこりの一本をくれた。
「ありがとう」
「ありすと食べるために買ったのになー。まいっか。殺し合い止める分と思えば」
ちまちま小さなくちで食べている千住くんと、どうやって食べるべきかと悩んでいる様子の八王子くんを見比べて、わたしはちょっと可笑しくなってしまう。
「オレには焼きそばがあるからいっか」
「るいくん、半分あげようか」
「え、いいのか? はんぶんこ……」
「いいよ。焼きそばもひとくちちょうだい」
八王子くんがふいとそっぽを向いた。千住くんがその服の裾をつまむ。
「邪魔しちゃ悪いから行くよ。八王子は俺が回収していくね」
「あ、……ごめん」
「気にしないで、楽しんでよ。おひいが楽しいと俺も楽しい」
「……うん」
八王子くんがそっぽを向いたまま、言った。
「有朱。その馬鹿が嫌になったらいつでも来ていいから。待ってる」
「その顔で言うことじゃないよね」
「うるさい千住。今日のお前うるさいぞ」
「あー、はいはい。じゃね」
腕を組んで去って行く背の高い二人を見送って、わたしは牛串を頬張った。
「るいくん」
焼きそばのパックと牛串を交換する。わたしはたずねる。
「間接キスとか気にする?」
「……気にする。好きな女と間接キスなんだぞ。……気にする」
気にする、と連呼しながら、足立くんは牛串を食べた。
「うま。これうま。ちくしょう、あいつらにやるんじゃなかった」
「焼きそばもおいしいね」
「お、おう」
るいくんはちょっと頬を赤らめながら、わたしの手元を見ていた。
「なあ、ありす。食べ終わったらさ、花火が綺麗に見えるとこに行かないか」
「綺麗にみえるとこ?」
「うん。穴場知ってるんだ。……いつかありすに見せようと思ってた」
「……そうなんだ。見たいな」
るいくんはわかった、とうなずき、わたしが残した焼きそばをぺろりと平らげた。
「るいくんはやっぱり男の子だね」
「……そういわれると、なんか複雑なんだけど」
「大丈夫、足立ルイスくんのかっこいいところは沢山知ってる」
「ほんとに?」
「ほんと」
わたしは勇気を出す。自分から彼の手を握る。
「行こう」
公園の裏山にはひとけがなく、確かに川岸で打ち上げられる花火をよく見渡せそうだった。
「町の夜景がよく見えるね」
「良い場所だろ?」
「花火も綺麗に見えそう」
おあつらえ向きにベンチが置いてある。わたしはそこへ座って、遠くを眺めた。
「清音を選ばなかったら、今日この景色を見ることはなかったんだろうな」
「……ありす」
「わたし、清音を選んでよかったよ」
るいくんが隣に座る。距離を詰める。
「オレは……ありすが来るなんて思ってもみなかったけどな」
「そうだよね。ヤンキーの登竜門だっけ?」
「そう。オレは、【あの人】みたいになるために清音にきた」
初耳だ。わたしは瞬きをした。
「【あの人】?」
「【雷光】。清音が輩出した伝説のヤンキー。……あの日、ありすを救ってくれたオレの恩人」
「【雷光】……?」
「あの人が来なかったら、ありすはどうなってたか分からない。近所の人が呼んだ警察より早く、オレの目の前でありすを助けて、それからオレに言ったんだ」
『強くなれ。誰よりも強くなりな、少年。守りたいものを守れるようになりな。清音に来れば、良い景色が見れるぜ』
「……そうだったんだ」
わたしを助けてくれた人。ヤンキーだったんだ。
「だからオレはヤンキーになるって決めた。あの人みたいになるために、【ヤンキー道】を目指した。弱きを助け強きをくじく、そんな、【雷光】みたいなヤンキーになるために」
「じゃあ最初からるいくんは、清音のトップになるために……」
「当たり前だろ?」
るいくんがわたしの手を強く握る。
「今度ありすを守るのは、オレだ」