ヤンキー高校のアリス
第一章

入学式事変《上》


 正直なところ、あの日のことはすぐに忘れてしまったのだけど。

 四月を迎えたら「それ」どころじゃなくなった。



「ねえ有朱。本当に、本当の本当に大丈夫なんでしょうね?」


 何度目かのお母さんの念押しを、お義父さんがなだめる。

「だって清音っていったらヤン……」

「大丈夫だよ! 心配しないで! お母さんが心配するような事は何にもないんだから!」

「近いからってあんな危険な――」

「大丈夫だって! 勉強はどこでだってできるし! 大丈夫大丈夫!」

 なんだかよく分からないけど、お母さんは清音学園に入る事を嫌がっている。遠くのお嬢様高校にしてもいいって言っていたんだけど、わたしが断固として断った。

『そういうところって、なんか校則うるさそうだし、嫌だな』
 そういうのはもうたくさんだ。うちは門限も厳しいし、友達と遊びに行くときはGPSを持たされる。出かけるときだって口すっぱく「門限までに帰ってきなさい」って言われるし。監視されるのは、家だけで十分だ。学校くらいのんびりしたい。

「それに、清音学園は即就職に繋がるって強みもあるからね! 就職率百パーセント!」

 わたしは大学に行くつもりはあまりない。そのうえ徒歩十分。制服はかわいい。選ばない理由はなかった。


「でも――」

 それでも食い下がるお母さんをみて、お義父さんはお母さんの肩をたたいた。

美智(みち)さん。大丈夫だよ。有朱ちゃんを信じよう」
友孝(ともたか)さん……」

 二人はうなずき合った。わたしは慌てて顔を背けた。

 二人だけの世界に入ったカップルのことはどうでもいい。
 今日は入学式だ。わたしが新入生代表の挨拶を読む場でもある。頑張って考えた原稿を鞄の中にしまい、ひとりで気合いを入れる。……ひとりで。
 入学式の準備を整えたわたしは、ひとりで玄関をくぐる。

「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」

 お母さんのおなかには、赤ちゃんが居る。今、八ヶ月目だ。だからお母さんは入学式には来ない。そして、お義父さんが代わりに入学式へ出ようかと言ったのだけど、それはわたしが丁重に断った。

 大丈夫です、心配しないでくださいって。

 だってお義父さんは、おなかの赤ちゃんの父親かもしれないけど、わたしのお父さんではないから。
 

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