ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※


「これで【姫】の価値もだだ下がり」
 戻ってきた麗華は八王子の膝の上に腰掛けた。長いネイルの指先で、彫像のような八王子の頬をなぞる。
「【姫】に落胆した千住が手に入るってわけ。ね、妬かないで、縞。あたし、欲しいものが沢山あるだけで、別に縞のこと放っておきたいわけじゃないの。ただ、あの千住のきれーな顔がほしいだけなのよ」

「……守野有朱になにを?」
「ふふ。大人(オトナ)の経験を積ませてあげようと思って」
「何をしたんですか」
 麗華は首をかしげた。
「どうでもいいじゃない。そんなこと。それより縞? あたしキスがほしい」
「有朱になにをしたんですか」

 八王子は繕いきれなくなった表情を崩した。

「教えてください、【女王】。有朱は……」
「ねえ、なんで他の女の話をするの?」
「……、僕がいるから、貴女は満足すると思ってた。有朱に手を出さないと。危険は及ばないと……!」
「縞?」
「そのためにこっちに来たのに……! それを、お前は……!!」

 麗華の顔つきが変わった。

「アンタ。最初からそのつもりだったのね?」
 麗華の手が振りかぶられて、その拳が八王子の頬にめり込んだ。しかし八王子は微動だにせず、何かにとりつかれたかのように麗華の肩を揺さぶった。

「有朱はどこだ」
「……教えなーい」

 さらに一発。今度はみぞおちに。

「縞? あたしのかわいい縞は、やっぱりあのクソ女にたぶらかされちゃったってわけ?」
「有朱は――」
「うるさい」
 さらに一発、二発。今度は腹に。女の拳とは言え軽いものではない。麗華は手をたたいた。

「来て。裏切り者を殺して、あたしの騎士たち」

 ぞろぞろと入ってくるヤンキーたちは、麗華の命令に忠実に従った。麗華にすがりつこうとする八王子を引き剥がし、その腹や顎を蹴り上げる。
 無抵抗の八王子は、殴られ蹴られるたびに繰り返した。

「有朱はどこだ」
「教えないってば。そうしたら助けに行っちゃうでしょ。せっかく楽しい経験を積ませてあげるんだから、」
「有朱はどこですか」
「無駄よ」
「有朱は、」
「うるさいわね。黙らせて」

 部屋に殴打音が響いた。八王子は倒れ伏し、動かなくなる。それを見届けた麗華は大きくため息をついた。

「はあ。せっかくあの縞を手に入れたと思ったのに。お手つきだったとはね。気分わるいわ」
「……、の、ビッチ」
 倒れたままの八王子が、口走った。
「チッ」
 麗華が額に青筋を立てる。
「誰がビッチですって、誰が」
「お、まえ、だよ」

 八王子は体を起こし、ゆっくりと座り込んだ。頭から血を流して片目は塞がっていたが、もう片方の目はまだ生きている。ぎらついている。
 
「有朱は、どこだ……」
「は、それが人にものを頼む態度なの? 土下座くらいできないの?」
「有朱は、」

 八王子は、ゆっくりと床に手を突いた。そして。

「有朱は、どこですか。……お願い、します……」

 額から血がぽたぽたと垂れて手の甲に滴る。

「おしえて、くだ、さ――!」
ぐしゃ、と濡れた音とともに八王子の頭がフローリングに押しつけられた。麗華の足が、その硬い靴が、八王子の頭を踏みつける。

「もう一回」
「おねが……」
「聞こえない」
「有朱、」
「聞こえないったら!」

 がんっ! 
思い切り踏みにじられる頭から、血が流れ出す。
「もう一度言ってみなさいよ! 八王子縞!」

「有朱の居場所を、おしえて、くださ――おね、が」
「はっ。頭も体もイカれちゃってる。……いいよ、教えてあげる。屋外体育倉庫。まあもう事後だろうけど」

 瞬間、八王子は跳ね上がるように飛び起き、スマホを取り出して叫んだ。

「足立! 足立! なんでもいいから聞け! 屋外体育倉庫! 屋外体育倉庫に有朱が……ッ”」
 蹴り飛ばされた手からスマホが飛んで行く。騎士団に囲まれた八王子は、その後執拗に蹴られ続けた。麗華はその様子をつまらなそうに観察していたが、やがて飽きたのか、大あくびをして机にうつ伏せた。

※ ※ ※


「うう、うううう……」

 涙がとまらないわたしを見て、彼らは鼻息を荒くするばかりだった。触られるのも気持ち悪くて、何をされても気持ち悪くて、吐き気がした。

「うう、うー!」

 反撃とばかりに、蹴る。けれど逆に足首をつかまれてしまう。

「綺麗な足♡」
「ううー!」
「きめ細やかな肌♡ 私大好き♡」

 やめて。さわらないで。おねがいやめて。

 わたしの目から涙がまたこぼれたとき、そのときだった。



「ありすーーーーーーーー!!!!!!」


 バキッ!! 何か壊れる音がして、扉が勢いよく開かれた。

「んな、……何やってんだ、てめえら!! おい! ふざけんな!」
「なんでここが……?」
「オレの女に手ェ出したな……?」

 声が。
 声が頼もしい。じわじわとあとからあとから、心の奥にしみこんでいく。涙がこぼれた。

 るいくん。わたしの、王子様。

「表出ろオラ! ぶっっっころしてやる!」
 剣呑な眼光を宿して、足立ルイスが立つ。迫力がこちらにまで伝わってくる。
「喧嘩は私たちの専門外なんですけど♡」
「専門外もクソもあるかァ!!」

 おこってる。るいくんが怒っている。わたしのために。

「よりによってありすに、ありすに、こんなことしやがって! 許さねえ!! 【ヤンキー道】がなければぶっ殺してる!!」

 千住くんが遅れてやってくる。顔をぼこぼこにされた誰かと一緒だ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、守野さん、守れなくてごめんなさい」
 その声は千代田くん?
「体育倉庫に、おびき寄せるように言われて……断ったんですけど、……止められなくて」
「千代田くんのせいじゃないよ……」
 千住くんに縛られた手をほどかれて、頭を撫でられる。
「こわかったね、おひい」


 こわくなかったか、でもなく。
 こわかった? でもなく。
 こわかったね。って。

 私の恐怖を認めてくれる千住くんが優しすぎて、私はボロボロ泣いてしまった。

「う、うう、うううううう……」
「こういうの、慰めるのはカレシの役目だけど、流石にちょっと放っておけないな」

 そう前置きして、千住くんはゆっくりゆっくり頭を撫でた。

「がんばったね、こわかったね」
 顔を覆って泣き出した私の背中をさすりながら、千住くんはわたしの代わりにるいくんの喧嘩を見守ってくれた。

「すげ。一瞬で倒しちゃった。おひいのカレシはめちゃくちゃ強いよ」
「う、うん、うん……!」
「おひいは、しあわせにならなきゃダメだ」

 そして、聞いたことないくらい、声を低くした。

「だから……許さない、絶対。……麗華」

< 59 / 68 >

この作品をシェア

pagetop