ヤンキー高校のアリス
赤ちゃんが生まれたら、いまよりもずっと、わたしの毎日は鬱屈とするだろう。
それよりさきに、居場所を作っておきたかった。わたしだけの居場所。
お義父さんにもお母さんにも届かないとっておきの居場所。
『不思議の国のアリス』が見た夢みたいに、自由な場所――それが、わたしにとっての清音学園。
だった、はずなんだけど。
「あれ?」
入学式を前にクラスに集まったのは、みんな男子生徒だった。
女の子が、一人も居ない。
「……なんか間違ってない?」
女子一人だから、もちろん注目を浴びる。じろじろした視線が気持ち悪い。
好奇の入り交じった視線はあまり心地よくなかった。胸元のスカーフとか、膝丈のスカートのあたりをうろつくそれらを払いのけたくなって、わたしは席を立ち、廊下に出た。
わたしと同じ、女の子を探すためだ。
三階は一年生の教室を並べてあって、五組まである。
廊下にはすでに何人かの生徒が出てきていて――、なんだか、男子生徒同士で見つめ合っている。
「なに?」
「見てんじゃねえよオラ」
「こっちの台詞だオラ」
キスせんばかりの距離の近さなのに、体を反らせて見つめ合ってる。
「……なに、あれ?」
わたしがつぶやいた、そのとき。
「ガンをつけてるんだよ。お互いに」
わたしは飛び上がって後ろを振り返った。
高い背の、赤い髪の……左耳にじゃらじゃらしたピアスをつけた、かっこいい、目立つ男の子だった。
「ヤンキーの威嚇行為ってところかな。初めて見た?」
わたしはおずおずと頷いた。すると彼はつかつかと歩み寄り、にらみ合う二人の間に拳を突き入れた。
空気が動く音が廊下中に響いた。
「やめなよ。彼女が怖がってるだろ」
「は、八王子さん! すません!」
「八王子!? 南中の?」
八王子と呼ばれた赤髪の男子生徒は腰に手をあてて、やれやれといったふうに言った。
「僕、前に周りを見ろって言ったよね。何も知らない子ウサギさんがいるのに、裏丸出しで――そんなんでこのシマ張れるの?」
「裏」とか「シマ」とかよく分からない言葉が飛び交っているけれど、わたしにはちんぷんかんぷんだ。
「うす! すみません! 八王子さん!」
「八王子の前で喧嘩なんかできねえよ!」
男子生徒の片方が逃げ去り、片方は八王子と呼ばれた生徒の前に残った。制服の学ランを肩に引っかけた赤い髪の彼は、わたしを振り返ってにっこり微笑んだ。
「ほら、こわいのは居なくなった。もう大丈夫」
「あ、ありがとうございます……?」
お礼を言うところなのかどうかはよく分からなかったけれど、とりあえず軽く頭を下げる。
彼は一層笑みを深めて、わたしに歩み寄り、そしてそっとわたしの髪の一房をすくい上げた。
「僕の名前は、八王子縞。覚えておくといいことあるかもね」
それよりさきに、居場所を作っておきたかった。わたしだけの居場所。
お義父さんにもお母さんにも届かないとっておきの居場所。
『不思議の国のアリス』が見た夢みたいに、自由な場所――それが、わたしにとっての清音学園。
だった、はずなんだけど。
「あれ?」
入学式を前にクラスに集まったのは、みんな男子生徒だった。
女の子が、一人も居ない。
「……なんか間違ってない?」
女子一人だから、もちろん注目を浴びる。じろじろした視線が気持ち悪い。
好奇の入り交じった視線はあまり心地よくなかった。胸元のスカーフとか、膝丈のスカートのあたりをうろつくそれらを払いのけたくなって、わたしは席を立ち、廊下に出た。
わたしと同じ、女の子を探すためだ。
三階は一年生の教室を並べてあって、五組まである。
廊下にはすでに何人かの生徒が出てきていて――、なんだか、男子生徒同士で見つめ合っている。
「なに?」
「見てんじゃねえよオラ」
「こっちの台詞だオラ」
キスせんばかりの距離の近さなのに、体を反らせて見つめ合ってる。
「……なに、あれ?」
わたしがつぶやいた、そのとき。
「ガンをつけてるんだよ。お互いに」
わたしは飛び上がって後ろを振り返った。
高い背の、赤い髪の……左耳にじゃらじゃらしたピアスをつけた、かっこいい、目立つ男の子だった。
「ヤンキーの威嚇行為ってところかな。初めて見た?」
わたしはおずおずと頷いた。すると彼はつかつかと歩み寄り、にらみ合う二人の間に拳を突き入れた。
空気が動く音が廊下中に響いた。
「やめなよ。彼女が怖がってるだろ」
「は、八王子さん! すません!」
「八王子!? 南中の?」
八王子と呼ばれた赤髪の男子生徒は腰に手をあてて、やれやれといったふうに言った。
「僕、前に周りを見ろって言ったよね。何も知らない子ウサギさんがいるのに、裏丸出しで――そんなんでこのシマ張れるの?」
「裏」とか「シマ」とかよく分からない言葉が飛び交っているけれど、わたしにはちんぷんかんぷんだ。
「うす! すみません! 八王子さん!」
「八王子の前で喧嘩なんかできねえよ!」
男子生徒の片方が逃げ去り、片方は八王子と呼ばれた生徒の前に残った。制服の学ランを肩に引っかけた赤い髪の彼は、わたしを振り返ってにっこり微笑んだ。
「ほら、こわいのは居なくなった。もう大丈夫」
「あ、ありがとうございます……?」
お礼を言うところなのかどうかはよく分からなかったけれど、とりあえず軽く頭を下げる。
彼は一層笑みを深めて、わたしに歩み寄り、そしてそっとわたしの髪の一房をすくい上げた。
「僕の名前は、八王子縞。覚えておくといいことあるかもね」