ヤンキー高校のアリス
【騎士団】と【chess】の抗争は大きくなり、文化祭は途中で中止に追い込まれた。予定されていた二日目は無くなった。なんでも、重傷者が出たとかで……。
「重傷になるほどの抗争だったの?」
 るいくんは口をつぐみ、千住くんが飴を転がした。
「重傷なの、八王子なんだ」

「え」

 わたしは石像のように固まってしまった。
「な、なんでそんなことに……? 抗争に巻き込まれたとか? え、でも八王子くんは……つよくて……」
 決してやられるような人ではないはずだ、ないはず、だった。

「あいつが教えてくれたんだ。ありすが体育倉庫にいること、電話で教えてくれた。そのあと……そのあとのことは分からない……!」
「肋骨が何本か逝ったらしい。で、折れた肋骨が内臓を傷つけてると。足は片方折れてる。リハビリが要るって」
 あえて淡々としているのか、本当に何も感じていないのか、千住くんの表情は全く読めない。……こわいくらい。
「何人がかりでリンチされたか分かんないってさ。もう顔もすごいことになってて」
 わたしはそれ以上聞きたくなかった。耳を塞ぎたかった。だけど。
 八王子くんが、助けてくれた……わたしを。わたしは助けられてばかりだ。
「千住は何でそんなに詳しいんだ?」
「話聞いたから」
 なんてことなさそうに千住くんが言う。
「八王子を見つけたのは、渋谷あずきだ。包み隠さず話してくれた」
「八王子くんは、どこに……」
「【根城】。【クイーンオブハート】が占有してる空き教室。別名麗華のヤリ部屋」
「うわ」
 るいくんが顔をゆがめた。
「なんで八王子はそんなところに……」


千住くんががりり、と飴を噛みつぶした。

「守るって、そういうことじゃないだろ、八王子……!」
「千住くん……?」
「あいつ、自分で犠牲になりに行ったんだ。そうすれば麗華の暴走を止められると思ったんだろ」
 吐き捨てるような言葉の端々に、怒りがにじんでいる。
「でも実際は、麗華は、欲しがりなだけの欲深い女だから……! あれもこれもと欲しがって、おひいも傷つけて、そして八王子は今も眠ったままだ……!」

 こんなふうに声を(あら)らげる千住くんを初めて見た。

「……俺らダチだろ? 八王子……、くそ、クソ野郎……なんで一言いわなかったんだよ。なんで教えてくれなかったんだよ。一発ぶん殴って止めてやったのに……!」

わたしの目の前もぐらぐらし始めた。目覚めない八王子くん。怒りのあまり涙すら見せている千住くん。だまって拳を握るるいくん。

 ――わたしに、できることは無いの?

「八王子くんに会うことはできるのかな」
 気づいたときには口走っていた。
「面会自体は、行ってきた」と千住くん。「でも目を覚まさない。いつまでこの状態が続くか分からないって」
 

「……わたし、八王子くんに会ってくるよ」
「オレも行く」

 るいくんが言った。わたしたちは見つめ合い、うなずき合った。

「行くぞ、ありす」
「うん」

 わたしはその日、生まれて初めて学校をサボった。


※ ※ ※

病院には消毒薬の匂いが満ちている。
包帯だらけの八王子くんは、こんこんと眠り続けているところだった。
家族の姿はなく、ただ一輪の黄色い花が花瓶に活けてあった。たぶん、千住くんの持ってきた花だろうな。

「八王子」
 声を掛けて、るいくんは椅子に座る。
「なあ八王子。嫌みの一つでも言ってくれ。馬鹿だのアホだの罵ってくれ」
「……るいくん」
「意気地なしって罵れよ。だからお前は馬鹿なんだって言えよ。……言えよ!」
「るいくん、大声は……」
「起きろ!」
 るいくんは立ち上がった。そして拳をベッドにたたきつけ――ようとして、力なく腕を垂らす。
「じゃなきゃ礼も言えねえだろうが……!」

「ありすは無事だ。こうして無事だ。お前の、お前のおかげで……」
 涙声になっていくるいくんの言葉を、わたしは呆然と聞いていて。
「傷つけずに、傷つかずに済んだんだ。ありすはお前が守ったんだ」

 まぶたまで腫れ上がった八王子くんはやっぱり目を開けない。わたしはるいくんの隣に進み出て、包帯の巻かれた手にそっと手を重ねた。痛まないように。触れるように。


「八王子くん」







※ ※ ※ 





有朱。
酷く眠いんだ。ひどく、眠いんだ。
このまま寝かしてくれないか。


『八王子くん』


有朱。
愛してるんだ。
きみの全てを愛してるんだ。
だから、愛してほしいんだ。



『八王子くん』



――でも。
僕は、やっぱり選ばれなかったな。
これくらいの役割がちょうど良い。
裏で手を回して、ちょっと失敗するくらいがさ。



『起きて』



ねえ、幸せな夢を見ても良いだろうか。
きみが、目覚めた僕におはようって言ってくれるような。




『起きてよ、起きてよ縞くん……』




「――あ、り、す」
 ああ、ひどく口が重たいな。



(きみが、微笑んでくれるだけでいいんだ)
(おはようって)



※ ※ ※


「ぶじ?」


「あ」
 るいくんは目を見開いていたし、わたしも半分泣きかけていた。
「無事、無事だよ、おかげで、ぶじだよ、縞くん」
うっすらと目を開けた八王子くんは、ゆっくり瞬きをして、ほんのりとわらった。


「おはよ、有朱」
「おはよう、……おはよう! 縞くん……」
「からだ、うごかないな」
「動くな。お前重傷者なんだぞ!?」
「足立の声はでかい、体にひびく、痛い、だまって」

 八王子くんだ。わたしは笑いながら泣いた。何度も涙を拭うのに、それじゃ足りなくて、ポケットからハンカチを取り出して目をしきりに拭った。

「よかった、意識が戻って……」
「死の淵から有朱にあいにきたんだ」
「マジでぇ?」
 疑わしげなるいくんに向かって、八王子くんは大真面目に言い放った。
「マジだ。有朱じゃなきゃ目なんか覚めないね。君一人で来たところで目なんか開けない」
 変わらない軽口、というか辛口。
「いつもの縞くんだ」

「なあありす。なんで下の名前で呼んでるんだ?」
「あ。ヤキモチか」
「ヤキモチ焼いて何が悪い!」
 それをきいて、八王子くんは優しく笑った。
「……有朱が僕の恋人だったら、アツいキスをお願いするところなんだけどな」
「オマエふざけんなよ」
「前提を聞いたか? 有朱が僕の恋人だったらっていったろ。有朱は僕の恋人じゃないからな」
「お、おお? おう」
「……大事にしろよ。その()は、良い子だ」
「わかってら!」

 るいくんは拳と手を打ち合わせた。

「オマエの仇はオレが取る。あと、退院したら千住が一発殴るって言ってたから、覚悟しとけ」
 八王子くんは目を丸くして、それからにやりと笑った。
「おーおー、わざわざどうも」
「じゃあな! 養生しろよ」
「縞くん、またね」

「ん。ありがとう、有朱、足立」



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