ヤンキー高校のアリス
【アリス】と足立ルイスが付き合っているという噂話は見る間に広がっていく。もちろん、麗華の耳にも届いた頃だろう。もう麗華は黙っていられないはずだ。麗華の性格が、あずき先輩や八王子くん、千住くんから聞いたとおりなら。

 愛されたがりのかまってちゃん。自分が一番じゃないと気が済まないタイプ。自分に従わないものは全て退けてきた――。
 なら、正攻法だ。足場から崩す。周りから崩していく。
 崩れたところ……そこから攻め込む。

「……そろそろ気を引き締めておかないと、いつ何がきてもおかしくないよね」
 テラスで数学を教えながら、わたしは千住くんにこそこそささやいた。
「何が来ても驚かないつもりではいるけど……」
「おひい、変わっちゃったね。前もかわいかったけどさ」
「そう?」
「前よりかなり強くなったっていうか。足立のおかげ?」
「どうだろうね」

 わたしは目を細めて、千住くんの回答欄に視線を落とす。まだ白紙だった。

「……他の人にも言ったけど。わたしはただ怒ってるだけなんだよ。こんなのはおかしい。こんなふうに人が傷つけられる場所は、間違ってる」
「怒っただけで、学校ごと変えようとは思わないけどな、俺。だって他人は変わらないし、変えられない」
 千住くんの言葉には実感が籠もっていた。きっと、千住くんはお母さんの事を考えてるんだろう。わたしはゆっくりと、シャープペンを置いた。

「わたしが変わったように見えるとしたら、わたしは、この学校に変えられちゃったのかもしれないな」
「おひい」
「それが良いことか悪いことか、自分では分からないけど。でも変わったあとのわたしは、麗華と戦わなきゃいけないって思ってる。自分が傷つけられたからじゃないよ」
「俺は麗華がおひいにしたことも怒ってるけどね」
 千住くんがつぶやいた。「俺の一番嫌いなやり方」
「前も言ってたね」

 千住くんの女性に対する感じ方、考え方は、少し独特なのかもしれない。

「――……ひょっとしたら。俺が嫌いなのは女じゃなくて男なのかもしれないな」
「え?」
「こっちの話ね。あー、気づくんじゃなかった」
 千住くんはポニーテールに結った頭を振った。揺れる金髪が綺麗だ。
 わたしが何も言わないうちに、千住くんはブツブツ言いながらすごい勢いで答えを埋めていく。わたしは解答を見て声を上げた。
「正解! すごいね千住くん、理系だよ」
「暗記が苦手なだけ――」

そのときだった。


パン! パンパンパンパン! パン!

何かが破裂するような音が響き渡り、続けて悲鳴が聞こえてきた。
「わあああああっ!」
「なんなんだよ! 何が起こってんだよ!」
 
 千住くんがつぶやいた。
「爆竹だ」
「爆竹!?」
「誰かがどこかに爆竹投げ込みやがった」
 わたしは教科書を投げ出して、勢いよく立ち上がった。
「爆竹が投げ込まれたのはどこ?」
「三階っぽい。ほら、煙が出てる」

 テラスから見上げる吹き抜けの三階から白い煙が漏れている。一年生の教室だ。
「おひいはAクラス、足立はCクラス、俺がEで……」
 と、誰かが叫んだ。
「【騎士団】が1-Aに爆竹投げ込んでいったぞ!」
「あー。完全におひい狙い」
「ううん、違うと思う……警告か威嚇だろうな。わたしが麗華なら、わたしを狙って爆竹なんか投げない。体育倉庫に呼びつけて、男子生徒と一緒に閉じ込める」
「考え方が物騒になってるよ、おひい……」

「麗華の考えることは分かってる。わたしが気に食わない。とにかく目障り。だから嫌な気持ちになってほしい」

とすれば、だ。

「……るいくんに、メール打っておこう。るいくんと麗華が接触してるかもしれない」


※ ※ ※


『麗華に気をつけて』

 爆竹騒動の直後――足立がAクラスから戻ってきてメッセを見、スマホの画面を伏せたとき、ちょうどCクラスの入り口に女子が姿を現した。二人組はスカートを短く切って、ぎらぎらしたネイルを見せびらかすように手の甲を上に向けている。

「足立ルイス、いるー?」
「オレっすけど」
「【女王】麗華様がお呼びだよ。ついてきて」
「行かねえって選択肢は?」
「ないかな」
 
 二人組の後ろから屈強なヤンキーが顔を出す。顔に絆創膏を貼っているところを見ると、この間【chess】とやりあった連中らしい。足立はそう見当をつけた。

「話をするだけだって麗華様は言ってる。取引だそうだよ、足立ルイス」
「取引だ?」
「【アリス】には内緒で来てほしいってさ」
「もう一度聞くけど、行かねえ選択肢は」
「ないってば」

 後ろのヤンキーが拳を鳴らした。怯えた周囲の視線を受けた足立は、舌打ちを一つして立ち上がった。そして素早くスマホを操作し、【アリス】にメッセージを打つ。
 
『ありすって頭良いよな。八王子乗り移った?』

「何してんの?」
「彼女にメッセ。見る?」
「……いいよ、そこまでしなくても。あたしらは足立ルイスを麗華様の元に連れて行くだけだから、大人しくついてきてくれればオッケーっていうかぁ」
「あっそ。じゃあ大人しくついていきますかね」

 足立は椅子から立ち上がり、女子生徒――【クイーンオブハート】のあとに続く。



「で、何の話だ?」
「よく来たね。それをまず褒めてあげる」
 麗華は尊大な態度で教卓の上に座っていた。周りには女子生徒が控えていて、足立を迎えに来た女子二人を合わせて八人。
「【クイーンオブハート】総員でお出迎えとは、まあ、なんつーか、どうも?」
 すると、数人が足立の態度にいきりたつ。
「麗華様にその態度、なんなの――!」
「いいのいいの。許してあげて。だって【アリス】の男なんだもの、しつけがなってないに決まってんじゃない」

 麗華は見下すような視線を足立に送った。しかし足立はひるまないどころか、薄い笑みを浮かべてすらいた。

「で、だからどうしたってんだよ、麗華サンよ」
「口の利き方――!」
「いいから。……単刀直入に言うわ、足立ルイス。【騎士団】に入るつもりはない?」

 足立は腕を組んだ。

「【騎士団】のトップの座をアンタにあげるわ。そうすればアンタはトップを取れるって訳。意味が分かる?」
「分かる。馬鹿にするな」
「じゃあ、【クイーンオブハート】や【騎士団】を相手取って抗争に持ち込むより、アンタが【騎士団】のトップに立った方が、お互いに消耗が少なくて済む。これもわかる?」
「分かるさ」
「じゃあ、【アリス】と別れてあたしのものになりなさい。足立――」

「分かった上でお断りだ、麗華」

 口をあんぐりと開けた麗華に向かって、足立は唇を曲げた。

「オレが愛してるのは【アリス】だけなんでね!」

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