ヤンキー高校のアリス
【chess】とるいくん、千住くんと、麗華の連れてきた四人でほぼ互角といった風だった。押しもせず引きもしない、拮抗とはこのことだ。
わたしは冷静にあたりを観察しながら、八王子くんならどうするか、麗華ならどうするか、考えを巡らせていた。
「ぎゃああああああ!」
誰かが悲鳴をあげた。尋常でない、悲鳴をあげた。
「【chess】のトップがやられた!」
わたしはすばやく視線を走らせる。見ると――血まみれの刃物を振りかざした麗華が、腕を押さえて倒れる男子生徒を押しのけて、るいくんを狙っているところだった。その背に刃が振り下ろされる直前で、わたしは麗華の手首をつかんだ。
「麗華ッ!」
わたしは絶叫する。
「それだけは、それだけは超えちゃ行けない一線だったでしょう!」
握った手首から血が伝ってくる。誰かの血。誰かを傷つけた証。
「アンタが悪いの、アンタが全部悪い、アンタさえいなければ、アンタさえ入学してこなければ、あたしは、あたしは一番でいられたの!」
「ちがう、あなたが!!」
わたしは麗華の腹をがっつり蹴った。「あなたが! 誰も傷つけず誰からも奪わなければ!こんな結末を迎えることはなかった! 八王子くんは……!」
「八王子縞は自業自得だっ……」
麗華がわたしの手を振り払い、わたしの肩を切り裂いた。焼け付くような痛みが走り、膝がくずおれそうになる。だけど。
「こんなのおかしい! 誰も自由じゃない! 誰も彼もあなたの言いなり!」
「そうよ! それがあたしの望んだ世界!」
「ならその世界、わたしが変えてやる…………!」
血まみれの手で麗華の腕をつかむ。そして――。
――八王子くんならきっとこうする。きっと。
「ありす!」
「おひい!」
「有朱さん!?」
わたしの腹にいちど突き刺さったナイフが、からりとおちる。わたしはおなかを押さえて崩れ落ちる。
「……はあ、はあ、はあ」
息ができないくらい、痛い。
痛い。
でも、
八王子くんの痛みに比べたら、まし。
「あ、あたしそんなつもりじゃ、そんなつもりじゃなかった」
「な、ナイフ、持ち出す、時点で……」
――そんなつもりじゃなかったなんて、言い訳、通じるわけないよ。
気づけば喧嘩は止まっていた。るいくんはわたしを抱えて泣いていた。
「ありす、ありす……、ありす……!」
「だいじょ、ぶ」
――死なないから。
だけど、そうだな。そんな顔させるつもりじゃなかったんだよ、るいくん。
泣かないで。