ヤンキー高校のアリス
るいくんに会えたのは、わたしが退院して清音に復帰したその日のこと。
「話があるんだけど」
Aクラスを訪れたるいくんはいつになく硬い表情で、わたしはどきっとして頷く。
「うん、なに?」
「ちょっと、人の居ないところで」
「わかった」
そうして連れて行かれたのは、縞くんが鍵を壊した屋上で。
「八王子の勝ちだな。先公が負けたってのもあるのかも」
そうつぶやいて、屋上への扉を開ける。
外は快晴。真っ青な空が落ちてきそうな秋の半ば。
「ありす!」
何か思いきったように、るいくんは叫んだ。わたしに背を向けたまま叫んだ。
「ありす! オレと! オレと! ……ちくしょう言えねえ……」
「え、待って、何、どうしたの」
るいくんは振り返った。真っ赤な顔で、うつむく。
「その、オレが、責任取るから」
「え?」
「ありすのこと、ちゃんと守れなかった。守れなかったから、けがした」
わたしはようやく、るいくんの言わんとしていることを理解する。
「あ、あれは……なんというか」
るいくんが守れなかったと言うより、わたしが自分で刺されに行ったというか。
でもるいくんは聞いていない。
「だから、オレが責任取って……えのこと、もらうから」
「へ」
「オレと……ケッコンしてください!」
わたしの足下に跪いて、手を取って、必死な顔で見上げてくるるいくんの顔――わたしは昔の事を思い出している。
『ケッコンしてください』
「……昔もプロポーズしてくれたこと、覚えてる?」
「も、もちろん」
七歳の頃、私たちはいちど、誓いのキスをまねて、小さな結婚式ごっこをした。
覚えているだろうか?
「――で、昔のわたしの返事、覚えてる?」
「……もちろん」
『はい!』
シロツメクサの花冠。指環。キス。
「わたしの返事は、あのときと、変わらないよ。全然変わらない」
るいくんの顔がかあっと赤くなった。わなわなと震える腕が、わたしを抱きすくめるまでたっぷり三秒。それから言葉が出てくるまで五秒。
「幸せに、する、から……その……、ありす」
顎をかたむけられて、奪うようにキスされる。あの日からずいぶん経ったけれど、彼はキスが上手になった。
「ふ、」
鼻から抜けていく甘い吐息を、全て拾うみたいに、彼は角度を変えて何度もキスを繰り返した。膝が落ちてしまいそうになるほど、体の中心がとけてしまいそうになるほど、互いをむさぼり合った後。唾液が繋ぐ糸の間で、るいくんはささやいた。
「なあ……屋上は外カウント?」
「外カウント」
「あーーーーーー、もーーーーーーーーーー!」
「……こんど、るいくんの家に遊びに行ってもいい?」
「それって、あ、うん、いい、けど、その、あの、心の準備が」
「楽しみにしてる」
わたしは微笑んだ。もう覚悟は決まってる。
わたしはこの人と添い遂げる。どんな道でも、どこまでも。
わたしを一番綺麗にしてくれるこの人と。
※ ※ ※
麗華が去り、【クイーンオブハート】が解体された後、【騎士団】は自然消滅。あずき率いる【chess】は解散。そして【アリス】は、最後まで私設の軍団を設けず、ただ三人の友人たちと楽しむことを選んだ。斯くして清音学園には、抗争のない日々が、数十年ぶりに戻ってきた――。
「――めでたし、めでたしってことで」
【雷光】はつぶやいて、母校の校舎を眺めてため息をひとつ。
「さて、有朱ちゃんとバージンロードを歩く準備をしましょうかね……」
おわり
「話があるんだけど」
Aクラスを訪れたるいくんはいつになく硬い表情で、わたしはどきっとして頷く。
「うん、なに?」
「ちょっと、人の居ないところで」
「わかった」
そうして連れて行かれたのは、縞くんが鍵を壊した屋上で。
「八王子の勝ちだな。先公が負けたってのもあるのかも」
そうつぶやいて、屋上への扉を開ける。
外は快晴。真っ青な空が落ちてきそうな秋の半ば。
「ありす!」
何か思いきったように、るいくんは叫んだ。わたしに背を向けたまま叫んだ。
「ありす! オレと! オレと! ……ちくしょう言えねえ……」
「え、待って、何、どうしたの」
るいくんは振り返った。真っ赤な顔で、うつむく。
「その、オレが、責任取るから」
「え?」
「ありすのこと、ちゃんと守れなかった。守れなかったから、けがした」
わたしはようやく、るいくんの言わんとしていることを理解する。
「あ、あれは……なんというか」
るいくんが守れなかったと言うより、わたしが自分で刺されに行ったというか。
でもるいくんは聞いていない。
「だから、オレが責任取って……えのこと、もらうから」
「へ」
「オレと……ケッコンしてください!」
わたしの足下に跪いて、手を取って、必死な顔で見上げてくるるいくんの顔――わたしは昔の事を思い出している。
『ケッコンしてください』
「……昔もプロポーズしてくれたこと、覚えてる?」
「も、もちろん」
七歳の頃、私たちはいちど、誓いのキスをまねて、小さな結婚式ごっこをした。
覚えているだろうか?
「――で、昔のわたしの返事、覚えてる?」
「……もちろん」
『はい!』
シロツメクサの花冠。指環。キス。
「わたしの返事は、あのときと、変わらないよ。全然変わらない」
るいくんの顔がかあっと赤くなった。わなわなと震える腕が、わたしを抱きすくめるまでたっぷり三秒。それから言葉が出てくるまで五秒。
「幸せに、する、から……その……、ありす」
顎をかたむけられて、奪うようにキスされる。あの日からずいぶん経ったけれど、彼はキスが上手になった。
「ふ、」
鼻から抜けていく甘い吐息を、全て拾うみたいに、彼は角度を変えて何度もキスを繰り返した。膝が落ちてしまいそうになるほど、体の中心がとけてしまいそうになるほど、互いをむさぼり合った後。唾液が繋ぐ糸の間で、るいくんはささやいた。
「なあ……屋上は外カウント?」
「外カウント」
「あーーーーーー、もーーーーーーーーーー!」
「……こんど、るいくんの家に遊びに行ってもいい?」
「それって、あ、うん、いい、けど、その、あの、心の準備が」
「楽しみにしてる」
わたしは微笑んだ。もう覚悟は決まってる。
わたしはこの人と添い遂げる。どんな道でも、どこまでも。
わたしを一番綺麗にしてくれるこの人と。
※ ※ ※
麗華が去り、【クイーンオブハート】が解体された後、【騎士団】は自然消滅。あずき率いる【chess】は解散。そして【アリス】は、最後まで私設の軍団を設けず、ただ三人の友人たちと楽しむことを選んだ。斯くして清音学園には、抗争のない日々が、数十年ぶりに戻ってきた――。
「――めでたし、めでたしってことで」
【雷光】はつぶやいて、母校の校舎を眺めてため息をひとつ。
「さて、有朱ちゃんとバージンロードを歩く準備をしましょうかね……」
おわり