ヤンキー高校のアリス
――ヤンキー学園。その単語が気になったけれど、わたしは足立と呼ばれたその男子に見覚えがあった。
「……どこかで……あ」
『オマエはとっとと行け! ヤンキーの喧嘩なんか見てんじゃねえよ!』
卒業式前、最後の下校。あの冷たいまなざし。
「喧嘩してた人だ……」
「あん?」
「ひっ」
つぶやきを聞きつけた足立くんが振り向いた。確かにあの日、ゴミ箱とともにわたしの目の前に現れたヤンキーだった。
「なん、なんでもありません! なんでも!」
「おう。ならいいよ。悪いな、勝手に座ってて。ここ眺めがよくってさ。桜見てたんだ」
足立くんは足を乗せた机の天板を丁寧に手で払うと、どうぞ、とばかりに席を譲ってくれた、けれど……。
「そこ、わたしの席じゃないよ?」
「えっ」
「わたしの席はここ」
わたしは隣の席を指さした。「女子の一番だから、たぶんここ」
「あ、ああ、そうなんだ、へー」
盛大に勘違いしたと気づいたらしい、彼は頬をかすかに赤らめて頭を掻いた。
「オマエ、なんてーの? オレ、足立ルイス。Cクラスだ」
「C? ここAクラスだけど……」
「言ったろ、景色が良いとこに来たって……おっと。先公だ。あぶねえあぶねえ」
足立くんは跳ねるように駆けだした。見ると、担任らしい年配の先生が入ってくるところだ。
「またな、姫!」
「ひ、姫?」
ツッコミどころは沢山あったけれど、ともあれ足立くんは去って行った。おそらくCクラスへ。
※ ※ ※
先生の長い話の間、私語が絶えなかった。先生はそれを気にするでもなく話を進めていく。どうやらこの光景が日常茶飯事らしい。
わたしはさっき聞いたばかりの「ヤンキー学園」という言葉をかみしめながら、お母さんはわたしを束縛したかったんじゃなくてこの高校から遠ざけたかったんだな、といまさら、ちょっと後悔した。お母さんの話を真面目に聞かなかったことに。
でも、入っちゃったものは仕方がない。それにAクラスは特進クラス。勉強に力を入れてるらしい。だから、ここから大学受験に合格する人もまれにいる……らしい。卒業生のデータではそうなっていた。
だから勉強はできるはず。
わたしは覚悟を決めた。ここでやっていく覚悟だ。
だけど、その覚悟がすぐに折れそうになることを、わたしは知らない。