君に貰った毒林檎を私はなんの躊躇いもなく食べてしまう
プロローグ
「ずっと、言いたかったことがあるの」
「はい」
「……えっと、も、ものすごくね、しょうもない話なんだけど」
「はい」
「なんていうか……ほ、本当にくだらない話なんだけどね」
「はい」
「えっと……」
ずっと足元に落としていた目線を上げればいつもと変わらない優しい顔が、私の大好きなちょっと眠そうな目をした君が、私を見ていた。
「……あのね」
このまま時が止まってしまえばいいのに。そう何度願ったことか。けれど、時間は止まらない。そして私の想いも止められない。だから、伝えたかった。今、ここで。
「…………すき」
その言葉とともに流れ落ちた涙。
泣くつもりなんてなかったのに、どうしてだろう。視界が滲んで、君がどんな顔をしているのかもわからない。きっと困った顔をしてる。それでも、これまで我慢してきた好きが、涙とともに溢れて止まらなかった。
「すき、すき、すき。……好き」
「はい」
「すごく、ずっと、ずっと前から」
「はい」
「……付き合って」
ください、と言った声はもう蚊の鳴くような声だったけれど、ちゃんと彼には届いただろう。
私と彼の間に流れる沈黙。
それを破ったのは私でも彼でもなく、下校を促す校内放送だった。
十八時五十分。完全下校の十分前。
「……」
放送が終わり、再び静まり返った廊下で、先に口を開いたのは彼だった。
「帰りにどこか寄ってく?」
勇気を出して告白したのに、いつもと何一つ変わらない言葉に私はほんの少し呆れながらも笑ってしまった。
「……返事くらいちょうだいよ」
答えは聞かなくても分かってる。その、分かってる答えを今日はどうしても聞きたかった。
「の」
「え?」
「ノー。NとOです」
「ん。知ってる」
聞きたかった答えを聞いてさらに溢れる涙。拭っても拭っても止まらない涙に困ったように笑えばスッと彼の右手が伸びてきた。
「俺よりいい人なんてたくさんいる」
そっと頬に触れて、ぎこちなく私の前髪を撫でるその右手が温かくて、優しくて。それに無性に腹が立って「知ってる」っと悪態を吐けばすかさず額に痛みが走った。
「ひぇッ」
でこぴん。
「痛いよー」
「雑魚め」
「なにそれ。酷いなー。今度こうくんにもやってあげる。今日のお返し」
「むり」
「え?」
「胡桃沢さんには無理ですよ」
手が届かないでしょ、っとクスッと笑う幸太郎に顔を歪ませれば彼は更に楽しそうに笑う。
「今日どこか寄ってく? ごぶりんさん」
「ゴブリンじゃないもん」
「ごぶりんごぶりん」
「んー! 煩い煩い! こうくんのばか」
「ははは」
そんなくだらない会話を交えながら私たちは下駄箱へ向かい歩き出していた。