風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
家出の理由
一台の馬車が、カタコトと走っていた。
広がる、田園風景と青い空。爽やかな風が髪を撫で、小鳥たちがさえずる季節……。
「はぁぁ~」
何度目になるかわからない溜息を、デュラは噛み締めるように、味わうように吐き出した。ふと、隣を見れば幸せそうな寝顔を見せている幼きご主人、グランティーヌ。
あどけない寝顔とは対照的な、勝ち気で活発で感情型。三Kである。
「何でこんなことしてんだ? 俺は……」
自分の身をいくら呪った所で今の情況が変わるでもなし、力任せに連れ戻すことなど、出来るはずもなく。
「八方塞だ……」
グシャッ、と頭を掻き毟る。
身分の低いものは身分の高いものに従わなければならない。何ともわかりやすい階級制度。単にデュラは我侭なご主人……グランティーヌの家出に付き合わされているだけなのだが、これって謀反とか誘拐とかになるんじゃ? と、今更ながら不安になる。
「いくら次期女王だからって、やっていいことと悪いことがあるだろうにっ」
段々腹が立ってくる。
「大体、何で家出するのに俺を連れて行く必要があるんだ? そりゃ、世間知らずのトンチンカンが一人で出歩いちゃあ危ないってことは分かるし、もし、俺抜きで家出されてたらはっきり言って打ち首もんだったんだわけだけど……って、そういうことかぁ……」
一人で喋り、一人で納得。
大陸ラーナのほぼ中央に位置する小さな農業国、フラテス。デュラは城の近衛である。国王は温和で、しかしながら他国から一目置かれるほどの人物である為、争い事といったものには全く縁の無い、のんびりとした小国だ。
「近衛」などと言ってはいるが、仕事の内容は牧場から逃げた牛の捜索やら収穫の手伝いやら、軍事とは言い難いことばかりなのである。それでも、近衛隊長でありデュラの育ての親、オウルの指導の元、剣術や武術には力を抜かない。大陸ラーナでも十本の指に入る剣術士、武術士がフラテスには少なくとも三人はいるのだから。
デュラは次期女王であるグランティーヌの専属近衛である。若干二十歳にしてこの大役を仰せつかってから早くも二年が過ぎようとしていた。ちなみに、前の専属近衛はグランティーヌに振り回され、ノイローゼになってやめている。着任から三年目だったらしい。
「小さい頃は可愛かったらしいけどなぁ」
今だって十歳。充分「子供」の部類に属しているのだが、歳を追うごとに我侭に磨きが掛かり、周りの者をハラハラさせていた。
グランティーヌの母親、王妃サナは三十一歳でグランティーヌを産み、そのまま帰らぬ人となった。元々体が弱かった上、高齢出産の負担が大きく心臓が持たなかったのだ。だから国王ジーアは一粒種の娘を殊更、可愛がっている。
馬車の揺れなど一向に気にすることなくグランティーヌは眠り続けている。それもその筈。出発したのは昨夜遅くなのだ。つまり一晩走り続けているわけで、盛り上がって騒いでいるうちはよかったが、空が明るくなり始めた頃からグランティーヌはぐっすり眠ってしまっていた。
「ふぁぁ~」
あくびを大きく一つ。
デュラは一晩中グランティーヌのお喋りに付き合わされていた。しかも馬車を走らせ通しで、だ。何度か馬たちの休憩を取ったものの、全く眠っていない。
眠かった。
「……そろそろ国境だな」
『まっすぐ走れ』
という彼女の命令通り、ひたすらまっすぐ馬を走らせているのだが、このまま国境を越えていいものかどうか……。
大体、どうしてこんなにゆっくり走っているのに追手が一人もやってこないのか、デュラには不思議でならなかった。いくら娘に甘いとはいえ、国王が次期王女の家出を認めるとは思いたくない。
前方に立て札が立っているのが見え始める。隣国との境目……つまり、ここが国境だ。デュラは馬車を道の端に止めると、気持ちよさそうに眠っているグランティーヌを揺り起こした。
「グランティーヌ様、起きてください」
「……ん、わらわはまだ眠いのじゃ」
「そろそろ国境です。どうするのですか?」
「……な…に、国…境?」
「そうです。もうすぐカナチス領内ですよ」
「カナチス!?」
ガバッ、と起き上がり、辺りを見渡す。
「何故カナチスになど向かったのじゃっ?」
「……何故って…まっすぐ行けとの命でしたから」
「で、まっすぐ進んだのか?」
「はい」
「……バカ正直じゃのぅ、デュラ」
クシャ
大人が子供の頭を撫でるように、グランティーヌに撫でられるデュラ。気分は最悪だ。
「よし、では敵陣に乗り込むとしようぞ!」
拳を握り締め、たちあがるグランティーヌ。
「ああっ、危ないですよ、姫! てか、敵陣って、なんです?」
「そうか、デュラは知らぬのじゃな。カナチスにはわらわを狙う不埒《ふらち》な輩がおってのう」
「は!?」
聞き捨てならない。
グランティーヌの専属近衛である自分が、なんでグランティーヌを狙うやつがいる国に本人を連れてきてるんだ!?
……いや、待てよ?
「何故、姫が狙われているのです? 相手はどこの誰ですか?」
そうだ。
そんな情報、聞いたこともないぞ。
「んん、デュラには教えておかねばならんな。ここ、カナチスには、どうやらわらわの婚約者がいるらしいのじゃ」
「……は?」
腕を組んで前方をキッと睨みつけるグランティーヌをまじまじと見ながら、大きく首を傾げるデュラ。
「そのような話、納得できるわけがなかろう? わらわには心に決めた者がいるというのに。だから家を出ることにしたのじゃ」
ああ、そう。へぇ。心に決めた人ねぇ。
いや、小さいながらも一国の王が父親なんだから、婚約者くらいいるだろうし、でも、心に決めた人って…?
「御父上にそのことを伝えればよいのでは?」
一人娘には甘いのだから、相手がいるならその人と結婚出来るよう、お願いすりゃいいじゃん、なんて軽く考えたのだ。
「そうか! 駆け落ちなどせずとも、その手があったのか!」
ポン、と手を叩き、グランティーヌがデュラを見る。
ん? 今、なんつった?
「……駆け…落ち?」
「そうじゃ。今はわらわとデュラで、駆け落ちしているところなのじゃ!」
「……はぁぁぁぁ??」
今、この瞬間、家出の理由を知ったデュラなのである。
広がる、田園風景と青い空。爽やかな風が髪を撫で、小鳥たちがさえずる季節……。
「はぁぁ~」
何度目になるかわからない溜息を、デュラは噛み締めるように、味わうように吐き出した。ふと、隣を見れば幸せそうな寝顔を見せている幼きご主人、グランティーヌ。
あどけない寝顔とは対照的な、勝ち気で活発で感情型。三Kである。
「何でこんなことしてんだ? 俺は……」
自分の身をいくら呪った所で今の情況が変わるでもなし、力任せに連れ戻すことなど、出来るはずもなく。
「八方塞だ……」
グシャッ、と頭を掻き毟る。
身分の低いものは身分の高いものに従わなければならない。何ともわかりやすい階級制度。単にデュラは我侭なご主人……グランティーヌの家出に付き合わされているだけなのだが、これって謀反とか誘拐とかになるんじゃ? と、今更ながら不安になる。
「いくら次期女王だからって、やっていいことと悪いことがあるだろうにっ」
段々腹が立ってくる。
「大体、何で家出するのに俺を連れて行く必要があるんだ? そりゃ、世間知らずのトンチンカンが一人で出歩いちゃあ危ないってことは分かるし、もし、俺抜きで家出されてたらはっきり言って打ち首もんだったんだわけだけど……って、そういうことかぁ……」
一人で喋り、一人で納得。
大陸ラーナのほぼ中央に位置する小さな農業国、フラテス。デュラは城の近衛である。国王は温和で、しかしながら他国から一目置かれるほどの人物である為、争い事といったものには全く縁の無い、のんびりとした小国だ。
「近衛」などと言ってはいるが、仕事の内容は牧場から逃げた牛の捜索やら収穫の手伝いやら、軍事とは言い難いことばかりなのである。それでも、近衛隊長でありデュラの育ての親、オウルの指導の元、剣術や武術には力を抜かない。大陸ラーナでも十本の指に入る剣術士、武術士がフラテスには少なくとも三人はいるのだから。
デュラは次期女王であるグランティーヌの専属近衛である。若干二十歳にしてこの大役を仰せつかってから早くも二年が過ぎようとしていた。ちなみに、前の専属近衛はグランティーヌに振り回され、ノイローゼになってやめている。着任から三年目だったらしい。
「小さい頃は可愛かったらしいけどなぁ」
今だって十歳。充分「子供」の部類に属しているのだが、歳を追うごとに我侭に磨きが掛かり、周りの者をハラハラさせていた。
グランティーヌの母親、王妃サナは三十一歳でグランティーヌを産み、そのまま帰らぬ人となった。元々体が弱かった上、高齢出産の負担が大きく心臓が持たなかったのだ。だから国王ジーアは一粒種の娘を殊更、可愛がっている。
馬車の揺れなど一向に気にすることなくグランティーヌは眠り続けている。それもその筈。出発したのは昨夜遅くなのだ。つまり一晩走り続けているわけで、盛り上がって騒いでいるうちはよかったが、空が明るくなり始めた頃からグランティーヌはぐっすり眠ってしまっていた。
「ふぁぁ~」
あくびを大きく一つ。
デュラは一晩中グランティーヌのお喋りに付き合わされていた。しかも馬車を走らせ通しで、だ。何度か馬たちの休憩を取ったものの、全く眠っていない。
眠かった。
「……そろそろ国境だな」
『まっすぐ走れ』
という彼女の命令通り、ひたすらまっすぐ馬を走らせているのだが、このまま国境を越えていいものかどうか……。
大体、どうしてこんなにゆっくり走っているのに追手が一人もやってこないのか、デュラには不思議でならなかった。いくら娘に甘いとはいえ、国王が次期王女の家出を認めるとは思いたくない。
前方に立て札が立っているのが見え始める。隣国との境目……つまり、ここが国境だ。デュラは馬車を道の端に止めると、気持ちよさそうに眠っているグランティーヌを揺り起こした。
「グランティーヌ様、起きてください」
「……ん、わらわはまだ眠いのじゃ」
「そろそろ国境です。どうするのですか?」
「……な…に、国…境?」
「そうです。もうすぐカナチス領内ですよ」
「カナチス!?」
ガバッ、と起き上がり、辺りを見渡す。
「何故カナチスになど向かったのじゃっ?」
「……何故って…まっすぐ行けとの命でしたから」
「で、まっすぐ進んだのか?」
「はい」
「……バカ正直じゃのぅ、デュラ」
クシャ
大人が子供の頭を撫でるように、グランティーヌに撫でられるデュラ。気分は最悪だ。
「よし、では敵陣に乗り込むとしようぞ!」
拳を握り締め、たちあがるグランティーヌ。
「ああっ、危ないですよ、姫! てか、敵陣って、なんです?」
「そうか、デュラは知らぬのじゃな。カナチスにはわらわを狙う不埒《ふらち》な輩がおってのう」
「は!?」
聞き捨てならない。
グランティーヌの専属近衛である自分が、なんでグランティーヌを狙うやつがいる国に本人を連れてきてるんだ!?
……いや、待てよ?
「何故、姫が狙われているのです? 相手はどこの誰ですか?」
そうだ。
そんな情報、聞いたこともないぞ。
「んん、デュラには教えておかねばならんな。ここ、カナチスには、どうやらわらわの婚約者がいるらしいのじゃ」
「……は?」
腕を組んで前方をキッと睨みつけるグランティーヌをまじまじと見ながら、大きく首を傾げるデュラ。
「そのような話、納得できるわけがなかろう? わらわには心に決めた者がいるというのに。だから家を出ることにしたのじゃ」
ああ、そう。へぇ。心に決めた人ねぇ。
いや、小さいながらも一国の王が父親なんだから、婚約者くらいいるだろうし、でも、心に決めた人って…?
「御父上にそのことを伝えればよいのでは?」
一人娘には甘いのだから、相手がいるならその人と結婚出来るよう、お願いすりゃいいじゃん、なんて軽く考えたのだ。
「そうか! 駆け落ちなどせずとも、その手があったのか!」
ポン、と手を叩き、グランティーヌがデュラを見る。
ん? 今、なんつった?
「……駆け…落ち?」
「そうじゃ。今はわらわとデュラで、駆け落ちしているところなのじゃ!」
「……はぁぁぁぁ??」
今、この瞬間、家出の理由を知ったデュラなのである。
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