風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

猿芝居

 デュラは困っていた。

 無事、城に着いたものの、中に入れてもらえないのだ。しかもグランティーヌが来ているかどうかも教えてもらえない有り様。門番とのやり取りは延々と続いていた。

「頼むよ、グランティーヌ様が来ているかどうかだけでも確認してほしいんだ~」
 もはや涙声での懇願である。
「そう言われても出来ぬものは出来ぬ! 大体常識で考えたらわかるだろう? どうして隣国の姫君が単身、この城を訪れるというんだ? おかしいだろう?」
「そんなことはわかってますよ~。俺だって何でこんな所にいるのか、わけわからないんだーっ」
 やけくそ気味に叫ぶ。と、きちっとした身なりの老人が奥から現れた。

「フラテスの近衛というのはそなたか?」
 威厳のある、低い声。見た目はよろよろの爺さんなのだが、逆らい難い強さを持っていた。デュラはすぐに背筋を伸ばし、自らの名と、用件を迅速かつ簡潔に述べた。国王からの書状も忘れずに掲げる。
「姫君は城におる。入りなさい」
 ほぅっ、と胸を撫で下ろす。やはりここに来ていたのだ。中で何が起きているのかは考えたくなかったが、とりあえず所在が知れたということがデュラにとってはなによりの気付け薬である。
「ありがとうございますっ」
 深々と頭を垂れると、門番にもお礼を述べ、案内人……城の執事であるモルガの後に続いた。

 見たことのない彫刻や美術品、続く回廊の美しさに魅了されながら、奥へ。

「こちらでお待ちです」
 大きな扉が放たれ、部屋に通されると、そこにグランティーヌがいた。いつもとは違う、人形のように美しいその姿に思わず目を奪われる。

「デュラ!」
 デュラの姿を見つけるや否や、目を潤ませ走ってくる。
「心配したんですよ、姫!」
 無駄だとはわかりつつ、一喝。グランティーヌは今にも泣き出しそうな目をして黙って頷いた。

(……あれ?)

 いつもと違う雰囲気に、思わずたじろぐ。
「わらわは用事を済ませたらすぐに帰ろうと思ったのじゃ。帰ろうと……」
 そのままデュラに抱きつくと、呟いた。
「わらわの言うことに全て頷け」
「え? あの、」
「否定してはならぬ。いいか、ここを切り抜けねば国に帰れんぞ」
「はぁ……」

 やっぱりだ、とデュラは小さく溜息をついた。何やら事件は起きてしまっているらしい。しかしグランティーヌのやりたいように、とは国王直々の命なのだ。逆らうわけにもいかず、デュラは黙って頷いた。

「そいつかよ?」
 不服そうにこちらを見ているのは双子。これが悪名高きカナチスの双子……つまりはグランティーヌの相手ということ。デュラは彼らに、思っていたより幼く、純情そうな印象を受けた。
「ティン、本当なのですか?」
 もう片方も、聞き返す。どうやら自分の事を言われているらしいのだが、その棘のある態度が気になる。
「何なんですか? 姫」

 ムギュ

「痛っ」
 いきなりわき腹をつねられて、慌てて口をつぐむ。黙って言うことを聞いていればいい、とグランティーヌの目が語っていた。
「紹介する。わらわの婚約者、デュラじゃ」
「ええっ?」
 唐突な告白に慌てふためくデュラ。グランティーヌが静かに、しかし強い口調で言った。
「いいのじゃ、デュラ。わらわたちのことはわらわが成人するまで秘密にする筈であったが、ちと事情が変わった。この際だからきちんと公表した方がよい」

(何を言ってるんだーっ。俺にそんな趣味はないっ)

 心の中で絶叫しつつ、瞬時に猿芝居に身を投じる。事情は飲み込めないが、そうするより他、ない。
「しかし、姫」
 グランティーヌがにこりと笑う。
「身分の違いなど、関係ない。わらわはそなたが好きなのじゃ。そなたも……、」
 答えを誘導するようにデュラを見上げる。その瞳の輝きといったら! はっきり言ってデュラは本気でドキドキしていた。
 女とは恐ろしい生き物だ。

(ほんとかよ~~~っ)

「……好きです」
 こんな真面目な告白など、今まで一度もしたことがないデュラだ。赤面している自分を感じながら、不慣れな一言を吐き出した。
 が、双子たちはまだ疑いの眼差しだった。
「……どうも信用なりませんね」
 ヒューリスが腕を組み、首をかしげた。
「何がじゃ。こうしてデュラも認めたではないかっ」
「ティン、あなたはこの男に騙されているんですっ!」
 ビシ! とデュラを指差す。
「……騙されて?」
 聞き返したのは当の本人、デュラである。
「そう。あなたは若くて可愛いティンを手玉に取り、いいように弄んでいるんだ! そして最終的には王位を狙っている、ただの小悪党に過ぎないっ!」

(おいおい、手玉に取られてるのは俺の方なんだって、)

 天を仰いで溜息をつく。と、

 ドカッ

 ヒューリスを蹴飛ばしたのはクリムであった。ものの見事に転倒する。
「何みっともないこと言ってんだ、バカ」
「兄上っ」
 蹴られた足をさすりながら立ち上がる。そしてクリムに向かって叫んだ。
「だっておかしいじゃないですかっ。本当にこの二人が恋人同士だと思いますかっ?」

(そりゃ思わないだろうなぁ)

 デュラが一人頷いた。
「思わねぇよ。多分今の話、半分は嘘なんだ。でもどうやらこの男が俺たちのライバルであることは確かなようだ」
 キッ、とデュラを睨む。
 グランティーヌは驚いていた。感情に走って冷静さを失うのはクリムの方だと思っていたのだ。ところが実際は逆で、更にクリムはグランティーヌの心を読んでしまったのだ。デュラへの想いはただの片想いだ、と。

(馬鹿はヒューリスの方であったか)

「デュラ……とか言ったな」
 敵対心丸出しのまま、クリム。
「なんでしょう」
 挑発的な視線をさらっと交わし、デュラ。子供と喧嘩をするつもりはない。
「年、いくつだ?」
「二十歳ですけど?」
「俺とヒューリスはもうすぐ十二歳だ。あと五年したら勝負しろ」
「……勝負?」
 デュラとしては今この場だけしのげればいいのであって、五年も先の勝負の約束など交わしたくはなかった。

「そんな約束は出来かねます。大体、勝負って、何をするつもりなんですか?」
「そうじゃ。剣術士としてのデュラの腕は確かぞ! 勝負になどならぬ」
「そんなんじゃないよ。五年後、ティンが誰を選ぶか、っていう話だ」
「それはいいですね!」
 黙っていたヒューリスも仲間に加わる。
「あと五年のうちにティンの心を射止めればいいわけだ。その勝負、乗りましょう!」

(俺は降りるよ)

 デュラは口をついて出そうになる言葉を必死に飲み込む。
「お前っ、約束の日が来るまでティンには手を出すなよっ!」
 叫んだのはヒューリス。

(誰が出すかーっ!)

 とは言えないので、黙って頷いた。

「わらわは出されてもいいのだがのぅ……」
 グランティーヌが周りには聞こえないようにぼそっと呟いた。デュラは、聞こえないふりをしたのである。
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