風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

答え合わせ

「何事だっ?」
 けたたましい足音と共に扉が開かれる。近衛を連れ、ハイルが駆け付けた。

(あっぶな! やっば! ありがとうございますハイル国王っ。踏み込んでくれなかったら一生後悔することになっていた! ひゃ~! 危機一髪ぅ!)

 デュラは心の中で万歳をしていた。

 うずくまっている妻と、落ちているナイフ。血溜りは…デュラのものらしい。
片や、ムッとした顔で睨むグランティーヌと、何故か真っ赤な顔をしたデュラ。
 一体何が起きたのかわからず、呆然とその光景に目を配る。

「お騒がせしてすみません。大した事じゃありませんから」
 デュラは大きく息を吐き出すと、落ち着いた声で、エリーナを背に庇う様にしてそう言った。状況を察したのか、ハイルが近衛たちを部屋の外に出るよう、素早く指示した。

「……エリーナ、」
 名を呼ぶ。エリーナの肩が震え、やがて細かい嗚咽に変わってゆく。
「私……サナが嫌いよ。大嫌い」
 ポロポロと涙を流しながら、口を開く。
「どうしてっ、どうしてじゃっ」
 叫ぶ、グランティーヌ。
「サナなんて、死んでしまえばいいのよ」
「何を言うのじゃ。母上はもう死んでおる」
「興奮して記憶が混濁しているのでしょう」
 デュラがグランティーヌを落ち着かせようと、そっと頭を撫でた。
「どうして? どうして私じゃ駄目なの?」
「エリーナ……」
「どうしてっ!」

 ハイルを睨みつける。ハイルは、膝を付きエリーナを抱き寄せた。エリーナはハイルの腕の中でもがきながら喋り続ける。

「私はずっとあなたが好きだった。あなただけが好きだった。あなたがサナに振られたとき、嬉しかったわ。あなたと結婚出来て幸せだった。それなのに! ……なのにあなたは今でもサナを愛している! 私のことなど何とも思っていないのよっ」

 金切り声にも近い、悲鳴のような痛み。グランティーヌはなんだか切なかった。片想いは、辛いものである。しかも、結婚してからも相手の愛を得られないまま生活を続けていたのだとしたら、それは尚更だ。

「わらわが母上に似ていたから。だからわらわを傷つけようとしたのか?」
 優しく、訊ねる。
「……あなたはサナにそっくりだわ。クリムも、ヒューリスも、昔のハイルと同じ目をしてあなたを見ている。私のことなど忘れて、あなたを! いなくなってもまだ、私から奪おうというの? 私の愛する人を取らないで。お願いよ、サナ……」
 静かに泣き崩れる。

「……エリーナ、そんな風に思っていたのか、お前、」
 ハイルが苦しそうに、言う。今、やっと気付いたのだ。彼女の抱えてきた苦しみに。
「デュラ、今、医師を呼ぶ。傷の手当てを」
「あ、はい」
「グランティーヌ……怖い思いをさせて、すまなかった」
 グランティーヌは何とも言えず、ただ、黙って頷いた。
「悪いが、二人ともこの場をはずしてくれないか? エリーナと話がしたい」
「ハイル殿、今回のことはわらわの胸にしまっておく故、エリーナ殿を責めないでほしいのじゃ」
「私の傷も大した事ありませんでしたし」
 二人がほぼ一斉に口を開く。
「……すまない」
 ハイルが頭を下げた。

 デュラはグランティーヌを促し、部屋の外へ出た。外ではクリムとヒューリスが心配そうな顔で待っていた。
「ティン……、」
 ヒューリスが険しい顔でうなだれる。
 クリムも唇を噛んで俯いていた。
「何じゃ、二人ともそんな顔をして。大丈夫じゃ。心配ない」
「なんて言ったらいいのか……その、みっともない話だ。本当に、申し訳ない」
 クリムが頭を下げる。ヒューリスもそれに習って頭を下げた。
「……そなたたちの母上は、ハイル殿をとても好いておるのじゃ。その気持ちは美しいと思うぞ。形だけの夫婦から、本当の夫婦になれる日も近かろう。よいことではないか」
「でもっ、」
「クリム、わらわが突然現れたりしなければ、エリーナ殿も追い詰められずに済んだやも知れぬ。わらわも悪いのじゃ」
「ティン……」

「それより、早く医師を呼べ! デュラの怪我を見てもらうのじゃ!」
 さっきまでのしおらしさは消え、いつものグランティーヌに戻っている。
 デュラはやっと騒動の終焉を感じ、一人、安堵したのである。


*****


 夜が明けた。

 デュラとグランティーヌはカナチス国王ハイルに簡単な挨拶だけを済ませ、一度宿に戻ることにした。馬車も荷物も全部置きっぱなしなのだ。

 門番に挨拶をし、来た道を辿る。
 早朝の出立にしたのは、なるべく皆を刺激せずにコッソリ去るためである。

「それでは、失礼いたします」
「道中、お気を付けて」
 昨日はまったく取り合ってくれなかった門番も、今では掌を返したように、デュラに……というか、グランティーヌに対し、腰が低い。

「のぅ、デュラ」
 城を後にし歩き出すと、グランティーヌがデュラを見上げた。
「なんですか?」
「好き合うて結婚したのだろうに、何故途中から変わってしまうのじゃ?」
 難しい質問だ。
「そうですね。それは……少し難しくて、私にもよくわかりません」
 誰かをちゃんと好きになったこともないデュラである。恋愛もままならないのに夫婦の何たるかなどわかるはずもなかった。

「デュラはどのような女子が好みなのじゃ?」
 前のめり気味に、グランティーヌ。
「ぶっ、なんですかいきなりっ」
 つんのめりそうになりながら、デュラ。
「あと六年じゃ。そうしたら正式に婚約が出来るでのぅ」
 ワクワクした顔でそんなこと言われても困るデュラである。
「姫、そんなこと、あちこちで言い触れ回ってはダメですよっ?」
 釘を刺す。
「よいではないか」
 釘を抜かれる。
「ダメですって! 姫と結婚する方は、すなわち国の主になるお方なのですよ?」
「わかっておるわ。わらわはバカではないぞ、デュラ?」
 真面目な顔でそう言われ、思わず肩を落とす。
「でしたらお分かりですよね? 私と姫が結婚することなど有り得な、」
「前例がないのであれば、作ってしまえばよかろう?」

(あはは~、無邪気~!)

 脱力する、デュラ。
「そんな簡単な話では、」
「決めるのは他人ではない。わらわじゃ」
 満面の笑みで言い切り、走り出す。
「あ、ちょっと!」

 どこまでも自由な思考。
 それは確かにグランティーヌの持つ最大の魅力であろう。

 しかし、とデュラは思う。
 いつか彼女にも、わかる日が来る。

 そして、変わらなければならない時が、来るのだ。
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