風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
先のこと
宿屋の主人には心配を掛けた旨、謝り、少し多めに路銀を渡す。朝食だけ平らげると、そのまま荷物をまとめ、馬車に乗り込んだ。
グランティーヌは寝不足のせいか、出立するや否や、隣で眠りこけている。来た時と同じ光景だ。
国境に差し掛かったころ、目の前に見知った顔を見つけ、馬を止めた。
「お二人とも、わざわざ見送りに来てくださったんですか?」
馬車を降り、近付く。
馬に乗ったままデュラを見下ろしているのは、カナチスの双子の王子、ヒューリスとクリムである。お目付け役のカミヤも一緒だ。
「最後に一目、会いたかったものでね」
ヒューリスが言った。
勿論、会いたかったのはデュラではなくグランティーヌなわけだが。
「生憎姫は寝てしまいまして…、」
馬車を振り返り、デュラ。
「昨日は散々だったからな」
ぶっきらぼうにクリムが呟く。
「ところでお前」
タンッと馬から降り、クリムがデュラに対峙する。
「なんです?」
「女は十六、男は十七で結婚できるって知ってるよな?」
急に当たり前の質問を投げられ、首を捻るデュラ。
「えっと、はい。存じてますが?」
「あと六年経ったら、お前、いくつだ?」
「二十六ですねぇ」
なんなんだ、この質問は?
「それまでに身を固めろよ」
「へ?」
まさかの、結婚の勧め??
そして次の瞬間、納得する。先にこっちを結婚させてしまえばグランティーヌとのことを心配しなくてもよくなる、ということか。
「なるほど。考えておきます」
ヒューリスも馬から降り、デュラに詰め寄った。
「お前、まさか本気でティンと……?」
「滅相もない!!」
ここはしっかり否定する。
「しかし、結婚は私の意志でするものなので、お約束は出来かねますよ?」
肩をすくめる。
「一国の王子に向かって口答えですか」
腰に下げた剣に手を伸ばすヒューリス。続いてクリムも、剣を抜いた。
いきなり抜刀され、焦るデュラ。カミヤに視線を向けると、申し訳なさそうな顔で手刀を切っている。つまりこれは、
『相手をしてやって欲しい』
ということか。
はぁ、と息を吐き出し、馬車から少し離れると、
「仕方ないですね。少しだけですよ?」
と言い、腰の剣を抜いた。
「そうこなくっちゃな!」
キラ、とヒューリスの双眸が光った。
直情型で向こう見ず、力任せに切り掛かってくるのはこっちか、と、デュラは瞬時に判断する。話し方や自分の見せ方で言えば、クリムの方が喧嘩っ早そうなのに、そうではないのだ。逆に、クリムは落ち着き払って剣を構えている。隙を突いて嗾《けしか》けようといった感じだ。
「いざ!」
間合いもそこそこに、脱兎のごとく飛び出すヒューリス。そんな無鉄砲ではすぐに切られてしまう!
デュラが一撃を交わしヒューリスの剣を救い上げようとしたその時、視界の端にクリムが動くのが見えた。
(なるほどね)
さすが双子。息ピッタリだ。
ヒューリスが嗾け、その隙をクリムが突く。しかも普段とは違うキャラでの攻めをすることで意外性もある攻撃というわけだ。
しかし…、
「遅いんですよっ」
クリムの動きなど待たず、ヒューリスの剣を凪ぐ。キンッという金属音と共に、剣はヒューリスの手から弾き飛ばされ宙を舞う。次に切り込んでくるクリムに突っ込む。まさか相手が突っ込んでくると思ってないクリムが驚いた顔をした。構わず懐に入り込むと、左手でクリムの手首を軽く叩いた。
カラン、
クリムの手からも剣が落ちる。
それは一瞬の出来事。
クリムなど、剣を交えてもいないのだ。
「……え?」
ヒューリスが声を出す。
その場に固まっていたクリムが天を見上げた。
「マジかよ……」
事の成り行きを見守っていたカミヤが拍手をしながらこちらに向かってくる。
「流石です、デュラさんっ」
「なんだよ、カミヤ! お前どっちの味方なんだっ」
突っ掛かるヒューリスを、クリムが止める。
「やめろ、ヒューリス。完全に俺たちの負けだ。手も足も出なかった」
「くそっ」
悔しがる二人に、カミヤが声を掛ける。
「当然ですよ。デュラさんは騎士団の階級最高位。大陸でも五本の指に入る腕前なのですから!」
まるで自分のことのように自慢げに、カミヤが言った。
「いや、三本じゃ」
背後から訂正してきたのは、
「ティン!」
「グランティーヌ!」
双子が同時に叫ぶ。
「デュラに切先を向けるとは、なかなか肝が座っておる。しかし手も足も出なかったようじゃな。まっ、デュラは強いからのう」
ふんぞり返って双子を見遣る。
やめてほしい。
そんな風に挑発しないで。
「そっ、そんなの、これからすぐに追い抜いてやる!」
ヒューリスが食って掛かる。
「そうじゃのぅ、百年後くらいには追い付くかのぅ」
「姫!」
さすがに言い過ぎだ、とデュラが止める。
「グランティーヌ」
クリムが真面目な顔でグランティーヌに歩み寄ると、手を取り、跪く。
「俺、クリム・ザムエはグランティーヌ・アトランドに生涯の愛を誓う」
そう言って、グランティーヌの手に口づけをした。
「ばっ、なにをしておるっ」
さすがのグランティーヌも顔を赤らめた。これは正式なプロポーズ方法である。普通は、成人してからでないとやらないのだ。
「クリム!」
ヒューリスが怒ったように声を荒げた。
「グランティーヌ、俺たちは来年で十二だ。バルジニア王国に行くことになる」
大陸の中央に位置する大国、バルジニア。そこにはレグラント校という学園があり、十二歳から十八歳までの王族や貴族たちが寮住まいをしながら通うのだ。
「グランティーヌが来るまでの二年間、ほとんど会うことも叶わないからな。今のうちに言っておく。俺は本気で結婚を考えてる。忘れないでくれ」
まっすぐな眼差しでグランティーヌを見つめる。彼の本気度が、伝わってくる。
「それなら俺もだ!」
ヒューリスがクリムの隣に跪き、グランティーヌの手を取った。
「俺、ヒューリス・ザムエはグランティーヌ・アトランドに生涯の愛を誓う」
同じように、グランティーヌの手に口づけをした。
両手に花、状態のグランティーヌだが、その表情はこの上なく不愉快そうである。
「わらわはデュラと結婚するのだぞ? そんなことされても困るのじゃ」
チラ、とデュラを見る。
慌ててそっぽを向くデュラであった。
グランティーヌは寝不足のせいか、出立するや否や、隣で眠りこけている。来た時と同じ光景だ。
国境に差し掛かったころ、目の前に見知った顔を見つけ、馬を止めた。
「お二人とも、わざわざ見送りに来てくださったんですか?」
馬車を降り、近付く。
馬に乗ったままデュラを見下ろしているのは、カナチスの双子の王子、ヒューリスとクリムである。お目付け役のカミヤも一緒だ。
「最後に一目、会いたかったものでね」
ヒューリスが言った。
勿論、会いたかったのはデュラではなくグランティーヌなわけだが。
「生憎姫は寝てしまいまして…、」
馬車を振り返り、デュラ。
「昨日は散々だったからな」
ぶっきらぼうにクリムが呟く。
「ところでお前」
タンッと馬から降り、クリムがデュラに対峙する。
「なんです?」
「女は十六、男は十七で結婚できるって知ってるよな?」
急に当たり前の質問を投げられ、首を捻るデュラ。
「えっと、はい。存じてますが?」
「あと六年経ったら、お前、いくつだ?」
「二十六ですねぇ」
なんなんだ、この質問は?
「それまでに身を固めろよ」
「へ?」
まさかの、結婚の勧め??
そして次の瞬間、納得する。先にこっちを結婚させてしまえばグランティーヌとのことを心配しなくてもよくなる、ということか。
「なるほど。考えておきます」
ヒューリスも馬から降り、デュラに詰め寄った。
「お前、まさか本気でティンと……?」
「滅相もない!!」
ここはしっかり否定する。
「しかし、結婚は私の意志でするものなので、お約束は出来かねますよ?」
肩をすくめる。
「一国の王子に向かって口答えですか」
腰に下げた剣に手を伸ばすヒューリス。続いてクリムも、剣を抜いた。
いきなり抜刀され、焦るデュラ。カミヤに視線を向けると、申し訳なさそうな顔で手刀を切っている。つまりこれは、
『相手をしてやって欲しい』
ということか。
はぁ、と息を吐き出し、馬車から少し離れると、
「仕方ないですね。少しだけですよ?」
と言い、腰の剣を抜いた。
「そうこなくっちゃな!」
キラ、とヒューリスの双眸が光った。
直情型で向こう見ず、力任せに切り掛かってくるのはこっちか、と、デュラは瞬時に判断する。話し方や自分の見せ方で言えば、クリムの方が喧嘩っ早そうなのに、そうではないのだ。逆に、クリムは落ち着き払って剣を構えている。隙を突いて嗾《けしか》けようといった感じだ。
「いざ!」
間合いもそこそこに、脱兎のごとく飛び出すヒューリス。そんな無鉄砲ではすぐに切られてしまう!
デュラが一撃を交わしヒューリスの剣を救い上げようとしたその時、視界の端にクリムが動くのが見えた。
(なるほどね)
さすが双子。息ピッタリだ。
ヒューリスが嗾け、その隙をクリムが突く。しかも普段とは違うキャラでの攻めをすることで意外性もある攻撃というわけだ。
しかし…、
「遅いんですよっ」
クリムの動きなど待たず、ヒューリスの剣を凪ぐ。キンッという金属音と共に、剣はヒューリスの手から弾き飛ばされ宙を舞う。次に切り込んでくるクリムに突っ込む。まさか相手が突っ込んでくると思ってないクリムが驚いた顔をした。構わず懐に入り込むと、左手でクリムの手首を軽く叩いた。
カラン、
クリムの手からも剣が落ちる。
それは一瞬の出来事。
クリムなど、剣を交えてもいないのだ。
「……え?」
ヒューリスが声を出す。
その場に固まっていたクリムが天を見上げた。
「マジかよ……」
事の成り行きを見守っていたカミヤが拍手をしながらこちらに向かってくる。
「流石です、デュラさんっ」
「なんだよ、カミヤ! お前どっちの味方なんだっ」
突っ掛かるヒューリスを、クリムが止める。
「やめろ、ヒューリス。完全に俺たちの負けだ。手も足も出なかった」
「くそっ」
悔しがる二人に、カミヤが声を掛ける。
「当然ですよ。デュラさんは騎士団の階級最高位。大陸でも五本の指に入る腕前なのですから!」
まるで自分のことのように自慢げに、カミヤが言った。
「いや、三本じゃ」
背後から訂正してきたのは、
「ティン!」
「グランティーヌ!」
双子が同時に叫ぶ。
「デュラに切先を向けるとは、なかなか肝が座っておる。しかし手も足も出なかったようじゃな。まっ、デュラは強いからのう」
ふんぞり返って双子を見遣る。
やめてほしい。
そんな風に挑発しないで。
「そっ、そんなの、これからすぐに追い抜いてやる!」
ヒューリスが食って掛かる。
「そうじゃのぅ、百年後くらいには追い付くかのぅ」
「姫!」
さすがに言い過ぎだ、とデュラが止める。
「グランティーヌ」
クリムが真面目な顔でグランティーヌに歩み寄ると、手を取り、跪く。
「俺、クリム・ザムエはグランティーヌ・アトランドに生涯の愛を誓う」
そう言って、グランティーヌの手に口づけをした。
「ばっ、なにをしておるっ」
さすがのグランティーヌも顔を赤らめた。これは正式なプロポーズ方法である。普通は、成人してからでないとやらないのだ。
「クリム!」
ヒューリスが怒ったように声を荒げた。
「グランティーヌ、俺たちは来年で十二だ。バルジニア王国に行くことになる」
大陸の中央に位置する大国、バルジニア。そこにはレグラント校という学園があり、十二歳から十八歳までの王族や貴族たちが寮住まいをしながら通うのだ。
「グランティーヌが来るまでの二年間、ほとんど会うことも叶わないからな。今のうちに言っておく。俺は本気で結婚を考えてる。忘れないでくれ」
まっすぐな眼差しでグランティーヌを見つめる。彼の本気度が、伝わってくる。
「それなら俺もだ!」
ヒューリスがクリムの隣に跪き、グランティーヌの手を取った。
「俺、ヒューリス・ザムエはグランティーヌ・アトランドに生涯の愛を誓う」
同じように、グランティーヌの手に口づけをした。
両手に花、状態のグランティーヌだが、その表情はこの上なく不愉快そうである。
「わらわはデュラと結婚するのだぞ? そんなことされても困るのじゃ」
チラ、とデュラを見る。
慌ててそっぽを向くデュラであった。