風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

双子の思惑

「ほぉ」

 まるで鏡を当てたかのようにそっくりなその二つの顔は、しかしながら身に纏う雰囲気が全く異なっていることにグランティーヌは気付いた。
「似ているようで似ていないのぅ」
 何気なく放った一言に二人の目の色が変わる。驚きと、威嚇に似た厳しい視線。

「お前……」
 一人が凄んで見せる。もう一人は何かを考えているようだ。腕を組み、視線を落とした。

「お前たちは一体何者じゃ? なぜこの男にわらわをつけさせたりしたのじゃ?」
 恐れる様子など微塵も見せずに、グランティーヌ。
「すみませんっ、私が失敗したばっかりに、」
 捕まえられた男は、恐縮して何度も謝っていた。……グランティーヌに、ではない。双子の方に、だ。
「お前、子分だったのか?」
 二人の態度と男の言動から察すると、そうとしか思えない。この男の方が確実に目上であるのに、だ。ということは、この双子は情けない男より更にいいところの坊ちゃんということになるのか……。

「子分、ねぇ」
 腕組みしていた方が答える。
「やっぱり僕の目に狂いはないよ。この子、いいもの持ってる」
「わらわは何も持っておらん。チコの実は全部食べてしまったぞ」
「いや、そうじゃなくて、」
 クスクスと笑いながら、彼。
「だけどこいつ怪しいぜ。町娘にしては持ち物高価過ぎるし、大体ガキが美味そうにチコの酒付け食うかよ?」
 もう一人がグランティーヌを指差し、言った。

「レディを指差すとは失礼なヤツじゃ。礼儀を知らぬのか?」
「なんだとっ?」
「まあまあ、二人とも落ちついて。先程の無礼はお詫びしますよ、お嬢さん。私はヒューで、彼は兄のリム。それとそっちがカミヤです。……えーと、」
「ティン、じゃ」
「ティン。あなたはこの辺に住んでいらっしゃるのですか?」
「どっかから来たよそ者だろ?」
 そっぽを向いて、リム。

「ほぅ。国境を越えればよそ者扱いか? そなたは世界が狭いのぅ」
 グランティーヌも負けじと嫌味を言う。
「なにぃっ?」
「なんじゃ? 本当のことを言われて頭に来たのか? 単細胞」
「おっ、お前っ! 俺たちを誰だと思ってるんだっ! 俺たちはなぁっ、」
「バカ兄弟とその子分なのであろう? 地位や力で人を制する者ほど心が貧しいとよく父が言っておった」
「このっ」
 リムが腰に付けていた短剣を抜く。慌ててカミヤが割って入った。

「いけません! 若君っ」
「……若君?」
「っと、じゃなかった、リム!」
 言い直すなって。
「やめなよ、リム。ティンの言ってることは正しいよ」
「ヒュー!」
「そうだろ? 権力に物言わせてたら何も変わらない。僕たちが探してるものは見つからないよ」
「なんじゃ、探し物をしていたのか?」
「ま、ね」
「ヒュー、こんな女に関わってちゃ時間の無駄だ。行こうぜ!」
 リムが短剣を鞘に戻す。カミヤが大きく安堵の溜息を漏らした。

「いちいちムカツク男じゃのぅ、絡んできたのはそっちであろうに」
「なにっ?」
「リム、駄目ですよ。……ティン、お詫びをさせていただきたいのですが、その辺でお茶でもどうですか?」
「……新手のナンパか?」
「実は当初の目的は、そうです」
 にこにこっ、
 微笑むヒュー。どこまで本気かわからない男だ。それに比べて面白くなさそうにふてくされるリムは……わかりやすい男だ。

「さすがはヒュー様ですね。私が成し遂げられなかったナンパをこうも簡単に成立させてしまうとは! 『災い転じて幸い来たる』というやつですよ」
 カミヤがリムに耳打ちするのが聞こえた。どうやら本当にナンパ目当てだったらしい。
「さ、行きましょう、ティン」
 当然のごとく手を差し伸べる。グランティーヌは迷うことなくその手を取った。
「面白そうじゃ。よし、行こう!」

 この時、グランティーヌはデュラとの約束などすっかり忘れていたのである。

*****

「……遅い。遅すぎるっ!」

 赤い金魚亭。
 デュラは戻らぬグランティーヌの身を案じ、ひたすら部屋の中をうろうろ歩きまわっていた。
 早馬の手配をし、馬車馬を休ませ、時刻は夕暮れ。そろそろ夕食という時間になってもグランティーヌはまだ戻らないのだ。市場の店々も既に帰り支度をはじめているというのに、一体どこへ行ったというのだろう?

「ああっ、もぅっ!」
 異国の地を一人で歩かせたのはやはり失敗だったのだ。何かあったらと思うと生きた心地がしないデュラだった。

「ええいっ、うだうだしていても始まらん。行くかっ」
 簡単に荷物をまとめ、ベットの脇へ。盗まれて困るものは持っていかねばなるまい。グランティーヌの身分を明かすようなものはないが、高価なものだけは全て、小さい鞄に入れ替えた。
「よし、と」
 念のため、グランティーヌ宛てのメッセージメモを書き、机の上へと置いておく。あとは宿屋の主人に言付けをして、OKだ。

 と、ちょうど階段を下りたところで宿屋の親父と出くわす。

「ああ、ご主人。私はちょっと出かけてきます。妹が戻ったら何か食べさせてやってください。それと、くれぐれも大人しく部屋で待つように、と」
 主人はきょとん、とした顔でデュラを見上げた。
「え? なんかおかしいかな、俺?」
「あ、いえすいません。妹さんでしたら先ほどお戻りになりましたが、」
「ええっ?」
 ダダッ、と階段を駆け下り、食堂へ向かおうとするが……、
「またすぐに出かけましたぞー!」

 ズル、ガタッ ドドドッ

「……出掛…けた?」
 一度戻って、しかし部屋には顔を出さずまた出掛けるとは一体どういうことなのか。デュラは埃を叩きながら立ち上がり、訊ねた。

「で、何か言ってました?」
「ええ、『友達の家に行くから心配しないで待っててくれ』との事でしたが……」
「どうしてそのとき直接知らせてくれなかったんだ~!」
 頭を抱え、しゃがみ込む。ここはカナチスだ。グランティーヌに友達などいるはずもないわけで、彼女が言っている『友達』というのは、多分行き当たりばったりで知り合ったどこの馬の骨とも知れない他人様のことだろう。もちろん、正体さえばれずに無事戻ってくるというのなら何も頭を抱える必要はないのだろうが、そんな保障はどこにもない。

(いや、あのグランティーヌ様のことだ。「正体もばれずに大人しく戻る」なんてことがあるわけないっ!)

 完全否定である。

 デュラの頭は完全にパニックになっていた。相手が誰なのか、家はどこなのか、何もわからない有り様なのだから当然といえば当然なのだが……。

「行き先とか、なんか言ってましたかっ?」
 主人に詰め寄る。
「あの、何も知らないんですか?『兄上には言ってある』とのことでしたが……、」
「知りませんっ!」
 完全に八つ当たりだ。
「どうして止めてくれなかったんだ!」
「いや、そう言われましても……」

「……でっ、では相手のことは? 何か言ってませんでしたか?」
「ああ、それは言ってました」

 その一言にデュラの目がキラリと輝く。目の前に一筋の光が見えたのだ。ああ神様ありがとう、ってなもんである。

「で、何てっ?」
「ええと……、」
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